「彼には音がない。（渡辺翔太）」

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テーブルの前に座り、カバンの中からあの青いイヤホンを取り出す。




それを見つめていると、肩をトントンと叩かれた。




『新しいイヤホン買ったの？』




『ううん、拾ったの』




『ふーん、知り合いの？』




『知らない人だけど、後ろ姿は覚えた』




『そっか。見つけたら渡さなきゃだな』




『うん』




お兄ちゃんは生まれた時から耳が聞こえなくて、声を聞いたことがない。




もちろん喋れないから、私も両親も手話はペラペラ。




両親は田舎に残っているけど、私の就職のタイミングでお兄ちゃんも東京に出てきた。




私は普通のOL、お兄ちゃんはカフェで料理担当をしている。




家はすごく近いから、ほとんど毎日仕事帰りにここに寄っているのだ。




『仕事どう？』




『まあまあかな。注文とか理解するのに時間かかるけど、みんながサポートしてくれて楽しくやってる』




『そっか、よかった』




お母さんたちは仕事のことを心配してたけど、もう必要なさそうだね。




『Aは？仕事どう？』




『んー、普通かな。よくも悪くもなく、って感じ』




『そっか、順調そうかな？』




『まあまあ』




そう話して笑い合う。




言葉なんかなくても、会話はできる。それを、身に染みて感じた。

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