【実l況l者】マスターキーなんてありません【ky】

AnotherStory:宮本 綾の恋と愛 ページ49

人を初めて本気で好きになった。
職場のお客様だったけれど、物腰が柔らかで真面目で、何より優しかった。
「可愛いね」「優しいね」「ありのままのきみが好きだよ」「きみだけだよ」
心が満たされる言葉をたくさんくれた。
小さい頃に親が離婚して以来、自己評価の低さの塊だったわたしの固まった心を優しくて溶かすように愛してくれた。
そんな時間も長くは続かず既婚者だということがわかった。

「遊びだよ、そういうの好きでしょ？」

それだけでも思考停止して怒る気を失ったわたしに彼が放った捨て台詞で心が壊れた。

「だってそういう顔してんじゃん」

確かに化粧は濃い方だし、髪も長いから夜会巻きにしている。
キャバ嬢かって常連のお客様にからかわられることもあった。

「でも、本当に真面目なこと俺だけは知ってるよ」

そう言ってくれた彼は偽物、自分の欲望を満たす為だけに吐いたその場しのぎの甘い言葉。

もう同じことで傷付きたくなかった。
それなら最初からそっちにメーター振り切れば、真面目な自分をチャラついた仮面で隠せば、外側のわたしが傷付くことがあったとしても内面のわたしが傷付くことないんじゃないかなって、そう思った。

心が壊れた時に新入社員だったAの研修担当だったわたしに対して何度も慰めてくれて寂しい時はずっと傍にいてくれた彼女には感謝してもしきれない。
画面の中の人物に恋をしていたAは毎日嬉しそうで楽しそうでそんなAを見ている内に心の傷も癒えていき、新たな恋に出逢うことも出来た。

Aの幸せの為だったら何でもしてあげたかった。
あの子はわたしを見ていたからどんなに憧れの相手であってもお客様と恋をすることを潜在的な意識で拒んでしまう。
偶然の振りして何度も助け舟を出したこと、きっとAなら気付いてる。
Aは身内には表情をわかりやすく仕事してる時は正反対でくるくる変わるし、言いたいことが顔に書いてある。
何を言わずとしても「言い訳にしていいよ」と言葉をあげると「そんなこと……」と言いながら戸惑っていた。

あの夜、時間の問題かな〜と後輩の恋路の成就を祈りながら酔っ払いを御家族に送り届けてから居酒屋に戻ると、元カノ再来で一悶着あったけれど、この薬指に光るシルバーリングはわたしの左手に光っていて、それを握ってくれる温かな手は新たな恋の相手だってんだからさ。

案外、人生捨てたもんじゃないなあ、なんて。

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