【実l況l者】マスターキーなんてありません【ky】

白くて細いその手の温度を知りたい ページ22

Aが不審者に出会ったのは危険だし心配だけどこれで一緒にいられる口実が増えるのは好都合。
うん、我ながらすげぇ悪い奴。

「仕事何すんの？」
「書類の作成とか整理とかそんなとこです」

そう言って鞄から大量の紙が入ってるファイルを出したAは「あそこアナログ整理が多いんですよ」と笑って紙の上にペンを走らせていた。
黙って書類に向かうAの目の前に置いたiMacに視線を落とす振りをして盗み見る。
こんなに近くでAと2人でいるのはよく考えれば初めてだ。
毎回、夜勤の他の奴の休憩を狙って話に行ってもフロントの壁があるし、コインランドリーで会った時も長机を挟んででしかいなかった。
いつも手を伸ばしても触れられない距離があった。

でもここで俺が手を伸ばせば、触れられる。
触れたらさ、どんな顔、する？

動かしそうになった手を止めた。

「お客様ですから」

そう言って困った様に笑うAが容易に想像がつく。
ドクドクと波打つ心臓を落ち着かせる様に引っ込めた手をテーブルの下で握り締める。

2人して黙ってお互いの作業をするゆったりとした時間も悪くはなくて、それを壊す気にもなれなかった。

編集も終わりに差し掛かった頃合に机の上に置いてあったAのスマホが震えた。
「すみません」とペコと会釈してからAが通話ボタンを押した瞬間「何してんの？」とデカい声が聞こえた。
俺より声がデカい気がする。
通常モードでその声はすげえぞ、あやちゃん。

「ちょっと早く出勤したから近くで仕事してたよ？」
「あれ？なおちんとシフト代わってなかった？」
「……えっ、あれってきょうだっけ」

鞄からシフト表を出したAはきょうの日付を確認して「あらら」と呟いた。

「飲み行こー」
「……うーん」
「近くにいるならいいじゃん！泊めてよ」
「泊めてよとか言いながら店長とどうせ朝までいるなら関係ないじゃん」
「いいじゃん、ね？ね？」
「はいはい」
「まだ家だからLINEするね」

電話を切ったAは「そういうことみたいです」と笑った。
子供をあやす母ちゃんみたいな顔。
仕方ないけど愛しい、みたいな。
そんな顔を見るのは初めてで、大人っぽくて、可愛いより綺麗で思わず、生唾を飲み込む。

「休みだったの？……意外と抜けてんだな」
「お恥ずかしいです、適度にお酒飲んでよく眠ります」

駅で会った時に寝不足気味だと言っていた。
Aは目の下にうっすらとあるクマを触りながらやっとちゃんとした笑顔を見せた。

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