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どのくらいそうしていたのか、時間にして10分やそこらだろう。
追いかけてくる子たちをやり過ごすことにも成功したし、マネージャーが探してるだろうから、そろそろ控え室のある棟に戻らなければ。
「じゃーな」
未だに寝ている女の子の頭をぽんぽんとやって立ち上がる。
展示パネルの影から、そっと様子を伺いながら外に出る。
振り返って、アートパネルの作者である学生の名前を確認した。
グラフィックデザイン科 梁 ゆり
写真科 神山 智洋
タイトルには、
「ここにいるあなたへ」
そう書かれている。
このころの俺はモデルの仕事に自信が持てなくて
憧れだった業界の理想と現実の違いに押しつぶされそうになったり
上京してきたばかりの環境の変化についていけなかったり
やり場のない虚無感のような無力感のようなものがこみ上げることがままあった。
目まぐるしい街の流れに、自分が、どこにいるのかわからなくなるような、そんな錯覚。
「ええなぁ、このメダカは。」
街中を優雅に漂う美しい魚。
こんな風になりたかった。
「__それ、メダカじゃなくてグッピーですよ」
「…あ」
俺のつぶやきに答えたのは、さっきの女の子。
目をこすりながら、パネルの裏からのそのそと出てきた。
この作品を作った子だったのか。
さっきは閉じられていた瞳の色は、薄いヘイゼル
「グッピーっていうんや。」
「観賞用の、熱帯魚です。」
「このタイトル、“ここにいるあなたへ”って。」
なんでか、それが俺に向けられたもののような気がして。
「…わたし、田舎から上京してきたんです。
この専門学校に通うために。
でも、東京って人も多いし、何もかもが規模がでかくて。」
埋もれていた俺のことを、誰かが見つけ出して手を引っ張ってくれたら。
そう思っていた。
「自分がどこにもいなくなっちゃった気がした。
それでも…
わたしのことを見つけてくれるひとが、きっといる。
そんな願いを、形にしたかったから。」
東京の雑踏で
埋もれそうになりながら
それでも
人混みをかき分けるようにして、
たくさんのものの中からひとつだけ、
きみを見つけたよ。
めだかちゃん。
その瞬間から、きみは俺の光だった。
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るーちょ(プロフ) - まっちゃさん» コメントありがとうございます!応援いただきとても励みになります(T-T)最終話までぜひお付き合いください。 (2019年7月19日 20時) (レス) id: 5adc9338ef (このIDを非表示/違反報告)
まっちゃ(プロフ) - とても面白いです! 応援してます! (2019年7月19日 6時) (レス) id: 622cccb941 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Lucio | 作成日時:2019年7月8日 18時