16.がんばれ【1/27 UP】 ページ16
｢おー、いーじゃん｣
｢棒読みすぎ、似合ってないなら似合ってないって言ってよ｣
｢似合ってはない(笑)｣
家を出る前最後の確認作業。冬はあっという間に去り、春の季節になった。
｢大丈夫？後ろとか変じゃない？｣
｢大丈夫やって。それより、時間｣
｢やば！｣
慌ただしく靴を履く私の後ろで、廉が早く早くと急かす。履き終えて、くるりと後ろを振り返れば、少しだけ口角を上げた廉。
｢そんな不安そーな顔しないの｣
｢でも…｣
｢自信は顔に出るよ、笑った方が得｣
｢…吐きそう｣
｢吐かんとって(笑)大丈夫、上手くいく｣
ほら、頑張って！と簡単に玄関の方に向かされた私。重たい足を動かして、ドアノブに手を掛ける。
｢行ってらっしゃい｣
｢…行ってきます｣
春の匂いがする4月。本格的に始まる就職活動。
重いどころではない。歩く度に臓器が飛び出そうなくらい。
早いに越したことはないと去年から少しずつ始めたはずなのに、尽く失敗し今では自分が何を目指しているのかすら分からなくなってきた。
｢…ふふ、またやってる｣
少し歩いた所で振り返り家の方に目を向けると、いつかの日のように窓から手を振る廉。
あれから何となく、これか日課になっていた。
朝のお見送りと、帰りの玄関までのお迎え。
携帯を持っていない廉に帰りを知らせることが出来ない代わりに、家の近くのコンビニを通り過ぎる時、3コール家に電話を掛ける。
家に近くづくにつれ、窓から廉が手を振る姿見える。玄関のドアを開けると、｢おかえり｣の言葉と廉の姿。
その度に、廉が生きていたらと想像して頬が緩む。そして必ず、現実を思い知って辛くなる。それでも、私にはこの非現実的な習慣が心の支えになっていた。
｢がんばるよ｣
パクパク動く廉の口。｢がんばれ｣って、大袈裟なぐらいに大きく縦と横に動く。
きっと誰も信じてくれない秘密で不思議な廉との生活は、もう3ヶ月目を迎えようとしていた。
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作者名：みう
| 作成日時：2023年12月5日 21時
