Vict.145 ページ45
A「どう…して？な、んで――…」
健人くんを置いて出てくの？
健「…母さんは、俺より“男”を選んだんだ。父さんが母さんを捨てたように、今度は母さんが俺を捨てた……。俺は、母さんに裏切られたんだよ」
A「そ…んな…っ」
そんなの、絶対違う。
何かの間違いだよ――。
健「母さんが家へ帰って来たのは、荷物を取りに来たからなんだ。今までは、帰って来ない日でも家には母さんの物が少しは残されてた。…だけど今回は訳が違う。母さんは、僅かに残されていた私物さえも、全て持って行った――」
それが、もう帰って来ないという“証”かのように。
健「あの家にはもう…俺の私物以外、何も無くなってしまった。完全に俺は、“一人”になったんだよ…っ」
A「――…っ！」
苦しげに歪められた健人くんの表情は、
もういつもとは違う。
健「…でも、もういいんだ。俺は今までも“一人”だったし、これからも一人で生きてくだけだから」
絶望感が大きすぎて、涙さえも見せない。
諦めを感じる事により、少しでも自分を守ろうとしているのかも知れない。
健「Aと話せて良かった。ここへ来なかったら俺、本当にヤバかったかも。……ありがと」
そう言って、柔らかく私に微笑む。
…どうして笑おうとするの？
A「私に“助けて”って言ったのは…健人くんの本音だったんじゃないの？また、自分の気持ちに嘘をつくの？」
健「っ、本当に……いいんだ、もう。こればかりは、Aにだってどうにもならない」
A「…っ…そんなの……っ」
……健人くんの、言う通りだ。
私に何が出来る？
“助けたい”――なんて、
簡単には口に出来ない…。
人は、こんなにも無力だったの？
健「…Aの、その気持ちだけで十分だよ。俺は、ずっとAに支えられてる。それだけで、俺は満たされてるから…」
A「……健人くん――」
健「…最後に一つだけ、聞いていい？」
A「……え？」
躊躇いがちに伏せられた、健人くんの瞳。
再び視線が合わさった時、
私はもう…逸らす事すら出来なかった――。
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作者名：りん
| 作成日時：2014年7月29日 15時
