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加藤さんが、ちょっと不思議そうにこっちを見る。
大きな黒目に、目が離せなくなる。
ブラックホールだ。銀河が飲み込まれるくらいの漆黒。綺麗な瞳。
その瞬間、いろんなことを飛び越えて、ありえない思考をめぐらせた自分に戸惑う。
ああ、会いたかった。
帰りたかった。
今そう思った自分にびっくりする。
帰りたかった、ってなんだ。
慌てて、仕事用の大人の私を引っ張り出す。
「いえ、何でもないです……わかりません、すみません」
「…………」
「……あの、つかぬことを伺いますがこちらで死のうとされていますか?」
あっ、大人の私引っ張り出せてない!何そのバカ正直な質問!と思ったけど、もう遅かった。加藤さんは黒目をきょろきょろ、と泳がせながら掠れた声で答えた。
「……ああ……違いますね」
「……それは……よかったです」
「……」
「……では、あの、私はこれで」
立ち上がって、リビングの窓の所を見たら、私のメジャーが落ちていた。
慌てて拾って、逃げるようにリビングを出る。第一発見者じゃなくてよかったけど、彼が最期に会った人になるのも嫌だ!
自分の真っ黒のヒールにつま先をかけたところで、加藤さんの声がした。
恐る恐る振り返る。
「あの、」
「……はい」
「この部屋の、カーテンなんすけど」
「ええ」
何を言われるかと身構える。
「遮光の、度数っていうのかな、遮光性の高いやつがいいなと思ってまして」
「ええ、承知しました。遮光カーテンご提案できるようにいくつかご用意しますね。生地等実際にご覧になりますか」
「……来週あたり、見せてもらえますか」
「もちろんです、どこかにお持ちしますか」
「ああ、じゃあ、ここに。助かります」
そう言って加藤さんは、一応、って感じでお辞儀の雰囲気を出しながら頭を揺らした。
玄関の重たい扉を閉める時、加藤さんのまっしろいスニーカーが見えた。
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きゃわのすけ(プロフ) - じぇにーさんのお話のゆったりと、じわじわと進む空気感がとても好きです。主人公の心の揺れる様を思いながら、同時に私の心も揺さぶられています。登場する書籍も既知のものだったので、今度読んでみたいと思いました。続きも楽しみにしています。 (2020年1月14日 1時) (レス) id: d7bd95e595 (このIDを非表示/違反報告)
eRu(プロフ) - いつも楽しく読ませて頂いています!私事ですが、実は占ツクで初めて読んだ作品が、じぇにーさんの『キャッチ・アンド・キス』で、物凄く「シゲだー!」と感動しました。これからも応援してます!Twitterをやっていない故、こちらから失礼します (2019年9月23日 19時) (レス) id: 2d1d6afcf3 (このIDを非表示/違反報告)
もか - いつも楽しく拝読しています。いつもと違う不穏な、寂しい空気感が情景描写と相まってとても美しいな、と思いました!転がる岩のような2人のこれからの進展がとても楽しみです。 (2019年9月17日 0時) (レス) id: fc5ce059f2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:◯じぇにー◯ | 作成日時:2019年9月15日 0時