帰る ページ48
星のない明るい夜空には、欠けた月が出ていた。寒さに首をすくめた。
加藤さんは、私の門限を気にしてくれた。
言おうか迷って、エレベーターに乗ったとこで宏光が出張で帰らないことを話すと、「あーあ」って言った。
「それさ、言っちゃダメなやつじゃん」
「……つい言っちゃった」
「夕飯と朝飯、作るとこから見せるから材料買いに行ってくる」
「……」
「留守番してて？なんか食べたいものある？」
朝飯って言ったな……って固まる。
エレベーターの床に敷かれた厚い絨毯を意図なく眺める。
「すきな食べ物おしえてよ、そろそろ」
「……チョコレート」
「夕飯と朝飯チョコレートでいいの？」
「また朝飯って言った」
「言うよ？俺が、帰らなくていいAさんを帰すと思う？」
どんな顔していいかわからなくて顔を手で覆ったら、加藤さんに笑われた。
加藤さんの一挙一動に支配される私は、さぞかし可笑しいだろうな。
部屋に着いて、鍵を開けて私を部屋に招き入れたあと、加藤さんはすぐ出て行った。
ひとりの部屋で、またどうしていいかわからなくなって、カーテンのそばに立ってすきまから外を眺める。
きらきら、ひかる、おそらの、ほしよ、ってなぜか口ずさんだ。
星なんてひとつも出てない、明るい夜空。
白く輝く欠けたお月様。
スマホが着信を知らせる音を鳴らした。
宏光、の表示に急に心臓が後ろめたく跳ねる。
「まだ仕事〜？」
鼻にかかった機嫌の良さそうな声のうしろに、ざわざわしたたくさんの話し声が聞こえる。
「ううん、これから夕ご飯を作ろうかなと思ってたところ。宏光は？」
「あ、じゃあ家なんだ？俺はね、今から焼肉行ってくるね。だから、先におやすみ、って言っとこうかと思って」
「ふふ、わかった。おやすみ。飲みすぎないでね」
「あーい、じゃね」
嘘は、ついてないけど、しれっと話せてしまった自分が今更ながら恐ろしい。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 252人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
きゃわのすけ(プロフ) - じぇにーさんのお話のゆったりと、じわじわと進む空気感がとても好きです。主人公の心の揺れる様を思いながら、同時に私の心も揺さぶられています。登場する書籍も既知のものだったので、今度読んでみたいと思いました。続きも楽しみにしています。 (2020年1月14日 1時) (
レス) id: d7bd95e595 (このIDを非表示/違反報告)
eRu(プロフ) - いつも楽しく読ませて頂いています！私事ですが、実は占ツクで初めて読んだ作品が、じぇにーさんの『キャッチ・アンド・キス』で、物凄く｢シゲだー！｣と感動しました。これからも応援してます！Twitterをやっていない故、こちらから失礼します (2019年9月23日 19時) (レス) id: 2d1d6afcf3 (このIDを非表示/違反報告)
もか - いつも楽しく拝読しています。いつもと違う不穏な、寂しい空気感が情景描写と相まってとても美しいな、と思いました！転がる岩のような2人のこれからの進展がとても楽しみです。 (2019年9月17日 0時) (レス) id: fc5ce059f2 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：◯じぇにー◯
| 作成日時：2019年9月15日 0時
