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マスターを浦田さんと言い間違えないように気をつけないと。自由意志があること自体、浦田さんにはまだ内緒です。
「ん?ここの回路外れてんな...」
ばちんっ、
とてもとても強い電圧がアルミの体を駆け巡ります。金属なので電気が良く通ります。
接続部分が馬鹿になったようにびくんびくんと跳ね、足が床を叩いて剣呑な音を立てます。
口を閉じたいのですが上手く信号が通りません。あがあが。
『ぁ』
『ぁあAAaァアアアぁaaa』
『あァあAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAっ、あぁ』
誤作動を起こしたように人工声帯が震えます。バグのような、音階が段階を飛ばして跳ねた音のマシンガン。コンクリートの室内をスーパーボールのように反響する弾丸です。
威力はありません。
ただ、喧しいだけ。
嫌だなぁ。
浦田さんにみっともない誤反応、見せたくないのですが。
「...あーあーあ。大丈夫だよ、A。落ち着けって」
私の背中の蓋をパタンと閉じて、浦田さんは正面から私を抱きしめます。
回線を繋げるためにいきなり高圧電流を流したのは浦田さんなので落ち着けと言われても。不満がバチバチッと導線を走り抜けましたが、ゆっくりとしたテンポで頭を軽く叩かれて収まっていきます。金属は熱伝導性が良いので、浦田さんの体温がじんわりと移っていきます。
この“ハグ”という動作に対する緊張弛緩も、私にインプットされたものなのかと思っていました。
しかし、システムを分解してもそのコマンドはどこにもないのです。不思議なこともあるもんだな、と、私は浦田さんがくれるぬくもりを今も享受します。
機械脳からの伝令が遅れて口に届き、がっちんとシャッターアウト。顎のフレームがズレた気がしますが、まぁ、気のせいでしょう。
『ありがとうございます、マスター』
「はいよ。チェックも終わりだし部屋に戻るか」
浦田さんの後ろを歩いていくときに、先程より自由意志回路へのトラップが増えていることに気がつきました。
どうやらさっき繋ぎ直された回路が肝のようです。
バレやすいのなら、今日、全て突破して浦田さんにお披露目してしまおうか。次のバイタルチェックは夕方です。回路を変更するコマンドはインプットされていますし、ここまでのプログラミングはそこまで複雑でもありません。十分間に合います。
アルミと鉄でコーティングされた能面からは想像もつかないサプライズを考えながら、私は浦田さんの背中に着いていくのでした。
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