: ページ24
『あ、ごっ、ごめんなさ…!すっすぐに退きますから、っうぁ?!』
「っちょ…!!」
慌ててその席から離れようとした私は、うかつにも椅子に足をからませ、前方方向へとバランスを崩した。まずい、このままじゃ転ぶ。そう悟ってもすでに遅い。情けない悲鳴を上げながら、これから襲いかかってくるであろう衝撃に覚悟を決めた。
しかし数秒待てど、恐れていた痛みは一切襲ってこなかった。それどころか硬い床の感触はなく、温かな人間からの包容を感じる。瞬間、鼻孔は誰か他人の香りで埋め尽くされた。微かにフローラルな香りがする。
「っぶね…大丈夫っすか。驚かせたみたいで…すいません」
『…へ、ぁ…ぇ』
耳元から聞こえたその声に、思わず身体をビクリと震わせた。ギュッと瞑っていた目を見開く。視界一杯に広がるのは、男子生徒の制服。つい先程まで1メートルほど離れていたはずの姿。
背に回された大きな手の温かみ。自身の頭を支える大きな胸板。
顔を上げずともわかる。今私は、ぐちつぼくんに抱きとめられているのだと。
自分の置かれているその状況を自覚すると、みるみるうちに顔に熱が集まっていく。先程からドクドクとうるさい心音も、さらにその騒がしさを加速させた。
「あ、あの…マジで大丈夫っすか?もしかして、どっか怪我とか…」
私を心配する彼の声が鼓膜を揺する。声すら出せず微動だにできない私は、彼のその問いかけに応じることなどできなかった。
ただただその温かな体温に身を委ねる。ショートした能力不足な頭では、間抜けな声を漏らす以外になにもできなかった。
すると、ガララッと勢いよく教室の扉が開かれた。
「ぐちさーん?なんで俺のこと置いて行って………え」
その聞き覚えのある声に、フリーズしていた意識が戻った。かと言って、この硬直状態から抜け出すことはできそうになかった。背に回された彼の手の力が強まる。
「え、あ…!こ、これは、そのっちがくて…!」
「……………大胆すぎん?」
慌てふためく声が室内に響く。その声量の変化から察するに、たった今まで私を抱きしめていた自覚がなかったのだろう。なんせ彼は異性が苦手だというのだ。通常ならこの様、彼の人間性上ありえない。
教室で抱き合うクラスメイト2名を目撃したその人、たらちゃんは、無言でスラックスのポケットからスマホを取り出した。その直後、カシャッという軽快な効果音が鳴る。
そしてかざしたスマホを口許に当てたたらちゃんは、ニヤリと口角をあげた。
「これ、青斗先輩が見たらなんて言うかなぁ〜」
彼は少々、いやかなり性が悪いらしい。
64人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
緑川(プロフ) - ぴとあさん» コメントありがとうございます!!そのように評価していただけてとても嬉しいです;; 体調を崩されてらっしゃるのですね、お大事になさって下さい。当方の作品で少しでも元気になっていただければと思います! 励みになります、今後ともどうぞよろしくお願いします。 (1月2日 21時) (レス) id: 581670bd91 (このIDを非表示/違反報告)
ぴとあ - 好きです…!評価の星の右側を何百万回押したいぐらい!最近寒いので体調に気をつけて頑張ってください。(僕は今発熱なう)応援してます!あと夢主の勉強嫌いめっちゃ共感 (12月31日 15時) (レス) @page46 id: dda73027c9 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:緑川林檎 | 作成日時:2023年8月5日 5時