その伍 ある人のこと ページ6
「母上、煙草はもう辞めたのでは？」
「あんなくだらない会議の所為で息が詰まる。
吸わない方が毒というものだよ」
「それはヘビースモーカーの常套句ですね」
窓辺に座り、揺蕩う煙を見つめている。
先程の会議から数刻、着なれたはずの軍服を床に脱ぎ捨て、普段の浴衣に戻っている。床に散らかる品々を鏡花は広い、整えた。
「そろそろ若がブチギレながら来るんじゃないですかね」
「どーゆーことか説明しやがれ！って？」
「どーゆーことか説明しやがれ！！」
勢いよく扉が開く。
診療時間の終わり。下町を歩いていれば見慣れた診療所から登る鼻につく匂いの煙が見えた。
何も考えず彼は走り、扉を開けたのだった。
鏡花と薊は見事な予知をして、見つめ合った。
「「わーお」」
「あ？なんだよ」
「いや、それよりどうしたんだい、当代殿」
笑いを含めた言いようが頭にくる。
何も知らないとはいえ、突然大隊長会議に軍服を着て現れた幼馴染とは言い難い、古き良き友人を知りたいと思うのは至極当然のこと。
「どーゆー説明が欲しいんだい？」
「一から」
「え、一体何千年分話せと」
「とりあえず、なんで聖陽教にいるかくらい話したらいかがです？珈琲でいいですか？」
鏡花が手慣れた手つきで珈琲を淹れる。
薊には珈琲を、紅丸には緑茶を差し出した。
「そんな語ることなんてないよ？
金がなきゃ生きていけないから働いてる」
「そんな簡単に……」
「なんだそーゆーことか」
「いや納得するんかい！」
大人しく補佐に入ろうと気合をいられたというのに鏡花の心配は空回りした。思った以上に二人は複雑ではなかったのだ。いや、信じすぎているというのが正しいのだろう。
「と、いうか」
鏡花は紅丸に耳打ちする。
蚊帳の外になった薊は気にせず珈琲を飲み干した。
「若が養えばいいじゃないですか」
恥ずかしさが籠った拳が鏡花を襲う。
「痛いなぁ、それよりいいんですか？
もう太陽、沈みましたけど」
「げ。馬鹿犬が怒る。
じゃあ帰るよ。また明日」
薊が窓辺から背を逸らすことなく、重力に任せて落ちていく。その姿に驚いて紅丸は手を伸ばした。しかし届くことなく、薊は姿を消した。
「帰りますよ、若」
「……なぁ、お前らは一体なんなんだ」
「ある人によれば……人が生み出した禁忌そのものであり、人が受けるべき贖罪である。名を無くし、呼ばれる名は不名誉で不気味なもの」
「不死兵、だそうですよ」
続く
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作者名：文字変換 | 作成日時：2020年9月9日 22時
