その参 明日のこと ページ4
「まだ伸ばすのか？その前髪」
「うぬぅ、嫌いってわけじゃいんだけど嫌な奴思い出すから見たくないんだよ……もっと伸ばすか」
鏡花は無造作に髪を結ぼうとすると紺炉が手を伸ばして、髪を解いた。そして鏡花の腕にあった髪ゴムを慣れた手つきで奪い、結んでいく。
「これでいいか？」
「流石お母さん！！」
「違う」
(一応旦那なんだがな……仕方ない、よな)
半ば強引な婚姻だった。
だから今の今まで二人の距離は夫婦であっても愛し合った夫婦ではない。仮初なのだ。その間にあるのは虚構のみ。
さして友人と変わりない。
「ありがとう。
さぁあああて後半戦……全員解剖しちゃおうかな」
「やめてやれ。ちゃんと休むんだぞ」
「大丈夫大丈夫、丈夫な身体だけが取り柄だからさ」
遊び疲れて眠る双子をゆっくり布団に入れる。そして物音を立てずに靴を履き、また出勤する。その後ろ姿ばかり紺炉は見ていた。
夕暮れ時。
紅丸が一人帰ってきた。ちょいとばかし浮き足だっているようで表情が柔らかくなっているように見えた。しかしそれは紺炉以外わからない。
「おかえり若。
なんか良いことでもあったのか？」
「……明後日また薊が来る」
「良かったじゃねぇか。
でもその前に大隊長会議な」
え、と固まる紅丸。
紅丸の意見など聞くことはなく、流石に大隊長全員が呼び出されるほどの大事だ、行かざるおえないだろうと紺炉は勝手に判断した。
「それより今日こそ言ったんだよな？」
「……っなにを」
「俺と結婚してくれ、くらいは」
「それは紺炉もだろ！」
「俺は言った」
ぐぬぬと堪える紅丸。
その姿を微笑ましくは見るものの、自分と同じような道は歩んでほしくないという老婆心に近い思いから問い詰めた。
「若、相手は何百年、何千年と生きるんだ。
あっちにとっちゃ明日明後日なんて数秒くらいなもんだ。それでも側にいて欲しいんだろ」
「……あいつは俺を孫とかそれくらいにしか思ってねぇよ」
諦めではなく事実だった。
実力差ではなく経験の差と、幾年も生きてきた故の楽観視。それゆえか紅丸にどんなに言葉を並べられようとそれは孫からの賞賛にしか聞こえない。ただの一時の世迷言。
「お互い前途多難だな」
「紺炉はまだいいだろうが」
「……まぁ、笑えねぇけどな」
翌日。
大隊長会議が執り行われた。
それは二人の関係が歪に変わる始まりだった。
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作者名：文字変換 | 作成日時：2020年9月9日 22時
