子供は海へ舟は水ーその38 ページ32
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「ってこと。」
話し終えた伊武さんは両手を払って芝居じみた風に鼻で笑った。
話を聞き終えた俺は口を半開きにしたまま、ぎこちなく持っていた缶ジュースを長椅子へと置いた。
意識の低い先輩達。
転校してきた橘さん。
一から作り直した伊武さん達のためのテニス部。
どれもどれも、俺にはない経験だ。
「面白い話じゃなくてごめんね」
「いやあの面白くなかったとかじゃなくて!!
興味深いというか、その………漫画みたいでかっこいいなと思って…」
伊武さんの言葉にぶんぶんと頭を振って否定を表す。
でもかっこいいと思ったのは嘘じゃない。テニスに対する情熱をこれ以上に感じられるエピソードってあるのだろうか。
「じゃ、その漫画の主人公の一人がこんな奴でごめんね」
またまた伊武さんが俺の言葉を鼻で笑う。
伊武さんって、自分に自信が無いわけでも、本当にダメだと思ってるわけでもないんだろうけどこういう言い回しが多い。
その度に俺は励ますのが正解かどうかと悩みながらも、苦笑いしながらフォローしようとしてしまうのだ。
橘さんの目や、神尾さんの態度を見ていれば分かる。伊武さんは選ばれくして選ばれたことくらい。
「そんなことないですよ。
橘さんもきっと、伊武さんじゃないとダメだと思って伊武さんを選んだんです。」
「君に橘さんの何が分かるのさ?」
返ってくるだろうと思っていた通りの返事をされて今度はさすがに笑みを零してしまう。
そのまま伊武さんの方を向いて、俺はにっと笑って見せた。
「じゃあ俺より橘さんのことを知ってる伊武さんが、
なんで橘さんの選択を疑うんですか?」
俺の言葉を聞いた伊武さんはちょっと目を見開いて、目線を下に下げて、それから片手で口元を隠した。
そのままゆっくりと手を離して見えた口には今度は面白そうに笑っていた。
「Aさん、割と生意気なこと言うね。」
「それはどうも!」
俺が元気よく答えると、満足気にふっと笑いが返ってくる。
「…そうだ、大勢の中から選ばなきゃいけない君がいうんだから間違いないか。」
「え?」
ボソリと呟かれたそれの意味がわからず慌てて聞き返すけど、伊武さんは答えることなく椅子を立つ。
「そろそろ部屋帰ろ。」
「え、あ、はい!」
のそり、と歩き始めた伊武さんを追って、俺も飲みかけの缶ジュースを掴んで立ち上がった。
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木こりのコロポ(プロフ) - 第一部隊さん» コメントありがとうございます!本当に合宿編は終盤です…最後まで楽しんで貰えたらなによりです! (2019年1月17日 22時) (レス) id: 2e6823aea8 (このIDを非表示/違反報告)
第一部隊(プロフ) - ルドルフ可愛い...合宿が終わるの寂しいですね。更新頑張って下さい! (2019年1月12日 1時) (レス) id: 8a79432f79 (このIDを非表示/違反報告)
木こりのコロポ(プロフ) - 第一部隊さん» 久々の更新にも関わらず、コメントありがとうございます…!長い間ご迷惑をお掛けしましたが、今日から少しずつ更新できればと思います…! (2019年1月7日 23時) (レス) id: 2e6823aea8 (このIDを非表示/違反報告)
第一部隊(プロフ) - 久しぶりの更新!いつも更新楽しみにしています!これからも頑張って下さい! (2019年1月7日 19時) (レス) id: 8a79432f79 (このIDを非表示/違反報告)
木こりのコロポ(プロフ) - キャラメルさん» お返事が遅れてしまいすみません!コメントありがとうございます!そう言っていただけると書きがいがあります…!これからもよろしくお願いします! (2018年10月8日 17時) (レス) id: 2e6823aea8 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:木こりのコロポ | 作成日時:2018年6月11日 21時