07-企み ページ8
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田園地帯の爽やかな英国を想起させる、レモンバーベルの香りと、月夜のベッドサイドを思い出させるスパイス・ムスクの官能的な香り。
記憶が人を忘れる時、匂いだけは最後まで覚えているらしい。
その通りだ、と思った。
彼の好みの香水は8年経った今でも変わらないんだと泣きそうになった。
トレンドを抑えながら、彼を象徴するムスクは、あの当時彼が全てだった私にとって、それも同様だった。
「え、御影……?」
「さっきウーロンハイ渡しちゃったみたいでさ。
気付いた時にはもう飲み干しちゃってて」
「いや、それは…しょうがないけど……」
「俺綾瀬さんの事送ってくから、先抜けるな!」
「えっ、ちょ待てよ御影…!」
千切くん、いつの間に彼と仲良くなったんだろ。
彼が人懐っこいからかなあ。すごいなあ、やっぱり。
こじ開けた瞼から移った視界の先に、少し呆けた顔して手を伸ばす千切くんが見えた。
だけどそれも束の間、大きくて分厚い手が私の目蓋を遮り伏せる。
「ごめんな千切。チャンス、与えてやんなくて」
「は……」
数分後には、周りの音がほとんど聞こえない位静かになっていた。
「__着いたぞ、姫」
「ん、う………?」
「俺が、分かるか?」
「仰せのままに、姫」……付き合いたてに、おかしいあだ名で呼び合っていたな。
こんな私をお姫さまと呼んだのは彼が初めてで。
あの頃の記憶が、蘇る。
彼を、……玲王を好きだった頃の、私が。
「れ、お……」
「__ああ。A、しんどいか?」
「んあ………あ、つい」
「ん」
あれ、玲王がスーツ着てる。
そうだ、玲王だけど…彼は、御影くんで…。
あれ…でも私、御影くんに名前、教えたっけ…?
ていうか、ここって、どこなんだろ……?
確か、御影くんと一緒に、タクシーに乗って…。
暗い照明で光る大理石の床を見て…。
やけに長く感じたエレベーターから降りて、
長い廊下を進んで、指紋認証でドアが開いて、
それから、……それから、靴も脱がず今はベッドに下ろされていて、
酔いが回りながらも情け程度に働く危機感が、私の腰を持ち上げた。
「A? どこ行くんだよ」
「かえる……」
「そんなんじゃ帰れないだろ?」
穏やかな口調で、優しい力で、私を引き留める。
逃げる事だって出来るのに、私はその甘い熱から離れる事をやめた。
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おそらまめ(プロフ) - 砂時計さん» 砂時計様。よくわかってらっしゃる…。完璧な男が好きな女性を囲う為に色んな手を使って縋りつく姿をどうしても書きたくて(笑)夢主はきっと彼の思惑なんて一生気づかないまま捕まってるんです。それがいい。 (2023年5月6日 11時) (レス) id: 77433e9bba (このIDを非表示/違反報告)
砂時計(プロフ) - コメント失礼致します。我慢できず…言葉を綴らせてください。 甘やかして、それでも駄目なら、と縋り着く執着御曹司が素晴らしすぎてしんどいです。夢主ちゃんもがっつり捕まってて、玲王の策略なのかなと妄想すると更にエモい。これからも応援しております😭♡ (2023年5月4日 11時) (レス) id: 9f48da2d13 (このIDを非表示/違反報告)
おそらまめ(プロフ) - ぺイさん» ペイ様、コメントありがとうございます!楽しんで頂けてるようで嬉しいです。沢山食べて味わってくださいね!次の更新をお待ちください。 (2023年5月3日 23時) (レス) id: 77433e9bba (このIDを非表示/違反報告)
ぺイ - う、うあ〜!おいしすぎぃー!本当にありがとうござますっ!これからも追います! (2023年5月2日 18時) (レス) @page40 id: 470dc29d1f (このIDを非表示/違反報告)
おそらまめ(プロフ) - おにぎりさん» おにぎり様、コメントありがとうございます。ちゃんと重重な様子を描けてるか不安でしたがそう言って頂けて安心しました、こちらこそ大変光栄です。応援ありがとうございます、次の更新をお楽しみにお待ちください。 (2023年4月15日 19時) (レス) id: bb8d3426f9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:おそらまめ | 作成日時:2023年4月6日 19時