【鬼滅の刃】鎹烏の訓練士【冨岡義勇】

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しのぶは、鬼殺隊士が大事なひとをつくることについて、複雑な感情を抱えていた。最愛の姉が自分に望んだ事ではある、けれど姉が望んだのは自分が鬼殺隊を辞めた末の幸せだ。人より腕力に劣る自分の身を案じてというのもあるだろうが、遺された人間の事も考えていたのだと思う。家庭を持っても、任務の途中でいのちを散らせば大事なひとを傷つける。だから、しのぶの中では、鬼殺に生きる道を選んだ人間が、その上で人間としてのありふれた幸せを望む事は、有り得ない矛盾だった。甘露寺のように元から家族が存命ならまだしも、後からそれをつくろうだなんて。

しのぶにとって、伴侶や家庭を持つというのは、漏れなく鬼殺を辞めるというのと同義だった。どちらも取るなんて、それは欲張りだと思っていた。だから天秤に掛けるまでもなく、しのぶは鬼殺を選んだのだ。たとえ姉の今際の願いでも、酷い姉不孝だとわかっていても、譲れなかった。きっとこれから先もずっと。死を覚悟した身としては。ゆっくりと死に向かう自分の身としては。

けれど、だから、この夢を誰かに託す事は許して欲しいと思うのだ。姉が自分に願った事を、叶えて欲しかった夢を、でも自分には出来ないから、誰か他の人が、代わりに。それは姉の望むかたちではないだろうけれど、それでもそれが幸せというものだというなら。

鬼と仲良くする、その夢はあの少年がきっと叶えてくれるから。だからもう一つの夢は、その兄弟子に託してもいいだろうか。重荷だろうか。無責任だろうか。それでも心の中で彼らの前途を祝福する事は許して欲しい。

そんな風に考えて、些か気が早すぎるかと笑えてしまった。まだ始まってもいないのに。

「では帰る。」

だから、祝福代わりに少し背中を押すくらいの事はしてあげよう。させて欲しい。

「折角ですし、選別が終わったらどこかに誘ってみるのも良いかも知れませんよ。ほら、ずっと訓練訓練でお疲れでしょうし。美味しい物とか一緒に食べに行ってみたら如何ですか？」
「…そうか、なるほど、わかった。世話になった。」

こうして、鬼殺隊の頭脳胡蝶しのぶのやきもき生活の幕は切って落とされた。後に愛おしく思い出すことになる奮闘の始まりだった。

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