別人 晴人side ページ29
『また会ったね。おにーさん』
垣根から降り、一歩ずつゆっくりこちらに歩みを進める。
「A、何でこんなことを……！」
俺の問いかけに、先程までの笑みが消える。
『何でって……主様の為だよ。だっておにーさん、悪い人なんでしょ？ 主様を苦しめる悪い人は成敗しなきゃ』
まるで自分が正しいことをしていますとでも言うかの口振りに額に汗が滲む。
俺が高橋を苦しめてる？ いやいやいや、寧ろ逆だろ。それに高橋が苦しめてるのはAじゃねぇか……！
高橋「何だ。まだ始末出来てないのか」
おぞましいその声に、息を呑んだ。
声の主は勿論、一番の標的である高橋だった。
『主様！ どうしてこちらに……』
「そっちに行くな！ またお前が苦しむだけだ！」
嬉々として高橋の元へ行こうとするAを止めようと足を進めようとするが、石切丸に静止される。
「おい、石切丸……！」
石切丸「今は行っては駄目だよ。様子がおかしい」
Aはコテンと首を傾げ眉をひそめるが、高橋の方へ向けていた足は一向に動こうとしない。
ほんの一瞬、Aの瞳が揺らいだ気がした。
良いぞ……さっきの声掛けが多分効いてる……！
『えっ、と……』
歩み寄れない代わりに、彼女にこれでもかと言わんばかりに手を伸ばす。
この手を取ってくれれば助けられる。
高橋「おい！ 零壱！ こっちに来い！」
しかしそんな希望も、高橋の怒号によって掻き消された。
『い、やだ……』
懸命に出した彼女の答えに高橋が痺れを切らしたのか、Aの髪を乱暴に掴み、地面に叩き付ける。
「A！」
『痛い！ 離して！』
高橋「零壱！ 逃げるな！」
逃げようとして倒れ込んだAの首筋に、深く注射をする。その効果なのか、段々動かなくなっていった。
高橋「ったく、手間かけさせんなよ」
『い゛っ……っあ……』
薬研「あの薬……お前ら、Aだけだからって気を抜くなよ。あの薬を投与されたAは危険だ」
高橋「俺が誰か分かるか？」
『主……様』
高橋を見つめるその瞳は毒々しさを増していた。やはりあの薬の影響か。
高橋「お前の主は？」
『貴方です』
高橋「あいつらを倒せ。いや、あいつらを、殺せ」
『はい。我が主のお望みのままに』
本体を抜き取り同じ腰を落としたその一瞬の姿は、Aのはずなのにまるで全くの別人のようだった。
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作者名：まじゅっちゃん | 作成日時：2021年7月1日 17時
