饗宴 2 (ページ19)

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散歩ページ19

これからは、6月のリサイタルにむかって一直線だった。

これほど練習三昧できるのは、学生の身分である今しかないと思っていた。

今後のキャリアのために、蓄えるものはいくら多くてもいい。

このリサイタルに芙希は賭けていた。

内田にも言ってない、ある事情があった。

チャンスはこれっきり、と考えていた。

芙希はあの大ブレークしたスクリアビンを見直そうとしていた。

クリスマスのころあまりに幸せで、夢見るような曲を作りすぎたような気がしていた。

スクリアビンの持つ本来の姿は、ちょっと違うと感じるようになっていた。

繊細な音を一本一本紡いでいく。スクリアビン特有のリズムが微妙に絡んで芙希の豊かな色彩を描く。
ここまではいい。
ここからの構築が甘すぎるような気がするのだ。

「流れに任せすぎた・・と思うんです。解釈次第で全然違うスクリアビンを見落としているのではないでしょうか」

芙希はレッスンの時に教授に相談していた。

教授はあれほど賞賛された演奏スタイルを、あえて見直そうという芙希の勇気と向上心に感服していた。

この子は、もっともっと大きくなっていく・・・

せめてあと一年あれば、芙希を世界レベルのピアニストに押し上げられるのに、と教授は思っていた。

「フキ、今だけしかできない弾き方というのもあるんだよ。でも君が望むなら、やってみよう」

ある日の午後、芙希は散歩に出かけた。

午前中みっしりさらって頭が空色になってきたので息抜きに出たのだ。

寮からずっと川岸に沿って大きな並木がそろっていた。

若々しい緑が萌えて一番美しい季節だった。

居心地のいいこの街が本当に好きだった。

ゆれる木の葉一枚、川のせせらぎ一つからも音楽が聞こえてくるように思った。

芙希は息を深々と吸い込んだ。

明るい陽射しが回復力を与えてくれた。

芙希はすっかりリラックスしていた。

この国が、この街が、芙希の居場所だった。

橋のたもとでばったりとあの学生指揮者に出会った。

シューマン以来だった。

(どうしてもあの失敗を思い出してしまう)芙希は苦笑した。

が、ある種の連帯感もあった。

彼は卒業後どうするのかしら？