杜若と髑髏/ut ページ19
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入院中の私の所に何時も来てくれる人がいる。
其の男は胡乱な雰囲気を纏い乍も毎日ベッドの脇に座り窓の外を眺める。私は其の男を知らないが、少なからずの好意は抱いていた。
『いつも来てくれてありがとう』
「いえ……」
男はあまり口数の多い方ではないが、私も喋る方では無い為こちらの方が有り難い。
汚れ一つない窓の外では青い空に白い雲が流れ、その下で入院服を着た子供達が駆け回っている。
重い病気である私は多分、あそこへ行く事は一生無いだろうが、男が来てくれている事で寂しくは無い。
『あなたのお陰で、この部屋に閉じ込められていても毎日が楽しいんだ』
「それは良かった」
『ねえ、杜若って知ってる？』
「ああ、あの青い花」
『私ね、退院して杜若を見るのが夢だったんだ。だけどこれじゃあもう叶わなそうだよね』
苦笑した私と真剣な顔をする男。
男は次の日も来た。
『えっ、それ……』
「見たいって言うとったから」
『ありがとう！』
思わず飛び起きたがすぐさま男になだめられる。
男の手には一輪の杜若。少し照れくさそうにそれを差し出す。青い花弁はいつも見ていた青空の様に真っ青で、吸い込まれてしまいそうな程清々しい美しさを其の細い体に宿していた。
『冥土の土産になるね』
「そんな事言わんとってや」
男の困った顔に思わず吹き出してしまった。
ほのぼのとした日々は緩やかに過ぎ去って行く。
私は男の名を知らない、何処から来たのかも。何故か聞いてはいけない気がする。聞いてしまったら今までの何かが壊れてしまう。そんな感じがし、何時も内容の無い会話を交わすと男は何処かへと消える。
窓辺に挿された一輪の杜若はそんな男からの贈り物。少し開けた窓から入る心地の良い風に乗せ無音のメロディを奏でる。
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作者名：俐狐 | 作成日時：2021年5月30日 12時
