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思わず安堵のため息が漏れてしまった。
はっとした。
何を言われてもいいだなんて言っておきながら、夫にばれていないというだけでこんなにも安堵しているだなんて。
私は自分の覚悟の甘さを思い知らされた。
篤人くんに偉そうなことを言っておきながら、何一つ覚悟を決めきれていない自分が情けない。
『今日は帰りません。
携帯は通じますので、緊急の時のみ連絡下さい』
もう、現実から逃げない。
今度こそ覚悟を決めて夫へのメモを残した。
篤人くんに言われた通りにスニーカーをシューズクロークから取り出す。
めったに履くことのない靴ではあったけれども、持っていてよかった。
簡単にパッキングを済ませると、私は逃げるようにして家を飛び出した。
篤人くんの家に戻る途中、お気に入りのお店に寄ってランチを買い出した。
いつもからは考えられないほどたくさんの量を買い込む私に店主は驚いたが、楽しかった。
だって見た目からは想像もできない大食漢が待っているんだもの。
きっとこの量だって、あれよあれよという間に平らげちゃうんだろうな。
篤人くんのことを考えると、暗くふさぎ込んでいた気持ちが明るくなってくる。
彼と出会って、たった3週間ばかり。
たったそれだけの期間で、彼は私の心を大きく占める存在になっている。
ハンドルを握りながら、これから過ごす2日間がきっと私の人生でとても大切な日になるだろうことを予感した。
「戻りました」
玄関先まで出迎えてくれた篤人くんは両手いっぱいの私の荷物を見て目を細めて笑った。
そうして、待ち望んていた言葉を私にくれた。
「おかえり」
「うん」
言いようのない想いが込み上げてきた。
誰もいなかった家、逃げるように飛び出した家、私を縛り付けてきた家、
あの家では得られなかった幸福感がここにはあった。
そして、同時に耐えがたい背徳感も。
篤人くんは私の気持ちを察してくれたのか、私の手から荷物を下ろすと抱き締めてくれた。
「おかえり、Aさん」
もう一度、私が欲しくてたまらなかった言葉をくれる。
「うん」
「ねぇ、ただいまは?
Aさんは俺のところに帰ってきてくれたんでしょ?」
「ただいま、篤人くん」
「よくできました」
篤人くんは私の気持ちが落ち着くまでそうやって、私を包み込んでくれた。
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作者名:ユリ | 作成日時:2016年9月17日 17時