#19 想い ページ19
少女は美馬に言われた通りに寄り道せず、真っ直ぐ部屋に戻り、入ってすぐに硬いシーツの上に寝転んだ。しばし待てば眠気がくるだろうとぎゅっと目を閉じて、何も考えずに眠りにつこうと努力した。
しかし、何度も何度も寝返りを打つも、昨日のような暗闇が少女の元へやってくることはなかった。それどころか、少女の意思に反して少しずつ目は冴えてくる。
そうして何分、何時間経ったのかすらもわからない部屋の中で、遂に少女は寝床から体を起こした。手を伸ばしてひんやりと冷たい壁を探り当て、そこに背を預ける。ぼんやりと見上げた天井は、まるで終わりがないように黒い影に侵食されていた。
「……ああ言うのが正解だと思ったんだけどなぁ」
ぽつり。無意識にこぼした言葉は本心だった。
隣で過ごした時間は短い。しかし、ぬるま湯のような、貧しくも優しい世界で育った少女ですら気づくほどの彼の冷酷さに触れてきたつもりだ。
確かに少女は美馬の目的に必要な“モルモット”。確かに無駄に殺してしまうのは勿体無いだろう。
でも、その“モルモット”は実験台として役立って、予定よりも早く死ぬことを選ぼうとした。荷物が早く消えるのだから、美馬に悪い話ではないはずだ。それなのに、彼はその提案にのらなかった。それが少女には不思議でたまらなかった。
『自分という存在を疎み、怯え、恐怖心から我が子にすらも刃を向けた父と同じように』
憎々しげに落とされた言の葉が、少女の頭の中にふっと浮かんだ。
──あの表情こそが、愛想の良い笑顔に隠された美馬様の本性なの?
父親を愛し、慕っていた少女には、親を憎しむ思いは一生涯理解できない感情とも言える。考えれば考えるほどわからなくなり、少女の頭は痛くなった。
気分を変えようと、枕元の水筒を取って血を少量舌に乗せる。
「美馬様は、お父さんを殺すためにカバネリになったのかな」
愛情の対極には憎悪がある。
失望するのは相手に期待をしていたから。
自分を真っ直ぐ見てくれるという期待、信頼してくれるという期待、助けを求めてくれるという期待──
そして。自分を、愛してくれるという期待。
「……美馬様は、裏切られたんだ」
生まれてきてすぐに親を憎む者はいないだろう。美馬と父親の間に何があったのか、少女にはわからない。
しかし、美馬が父親へ抱いた愛は色を失っても風化せず、それはいつしか憎しみに変わった。
それだけは、少女にも理解できた。
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詩(プロフ) - 小林弘実(app)さん» ありがとうございます。残り話数はそう多くありませんが、これからもお付き合い頂けると幸いです! (2016年8月4日 23時) (レス) id: 333258c32a (このIDを非表示/違反報告)
小林弘実(app)(プロフ) - 詩さん» そうですか。これからも創作頑張ってください! (2016年7月31日 21時) (レス) id: 44473ae3b7 (このIDを非表示/違反報告)
詩(プロフ) - 小林弘実(app)さん» 小林様、この度は当作品の閲覧、そしてコメントありがとうございます!楽しんで頂けているようで嬉しい限りです…!この作品以外の活動となりますと、別のアカウントで一次創作のような短編を詰め込んだものがありますが、二次創作物はこの作品のみとなっております。 (2016年7月31日 18時) (レス) id: 333258c32a (このIDを非表示/違反報告)
小林弘実(app)(プロフ) - いつも楽しく拝見させていただいております( ^ω^ ) 他で小説は書かれたりしないのですか? (2016年7月31日 17時) (レス) id: 44473ae3b7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:詩 | 作成日時:2016年6月26日 11時