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「髪、結構短かかったんだな」
ふとAが小夜子の髪に目を向ける。夜叉と一体になっていた頃は美しい黒髪を長く伸ばしていた髪型であったが、今はすっかりショートヘアだ。
「そうね。ずっとあの長い髪のまま出てたから…。変?」
「まさか!すげー綺麗だぜ」
小夜子は恥ずかしげに自身の髪を触ったが、Aの言葉に安堵したように微笑んだ。
「……ずっとアンタの言ってたこと、引っ掛かってたんだ」
Aは小夜子の眼を真っ直ぐ見る。
「自分は天才なんかじゃない。いくら努力しても芽が出ない。まだそう思うか?」
小夜子は目を静かに伏せた。
「どうかしらね…」
小夜子は曖昧に答える。一度濁った水にどれだけ新しい水を足そうと元通りにならないように、小夜子の胸の内に秘めた暗い感情はそう簡単には消えなかった。
夜叉から解放されてからも残る後ろめたさに、小夜子が自己嫌悪に陥っていると、Aが徐に口を開いた。
「夜叉から解き放たれた後のあんたの音、すっごく好きな音だったんだ。なんつーか、祝福されてるみてぇな気分になった。音楽なんざ、普段聴かねぇし、よく分からねぇのにさ」
少し恥ずかしそうにAが頬を指先で掻きながらはにかむ。小夜子は思ってもみなかった彼女の言葉に僅かに目を見開いた。
「……私のヴァイオリンの音色は、価値がある?」
「さあな」
励ましにも似たような台詞とは裏腹に返されるそっけない返事に、小夜子は気まずげに口を噤んだ。しかし、Aは言葉を続ける。
「少なくとも、あたしにとっては最高だったよ」
「ッ!」
小夜子が弾かれたように視線をAに向ける。視線が合った彼女の目は優しげに細められていた。
「その言葉だけで…、もう……、充分だわ」
Aは「そっか」と返事をし、妖怪横丁へ帰ろうと踵を返した。去っていく彼女の背中に、小夜子は堪らず声を掛ける。
「ねえ、Aさん!」
「ん?」
「またいつか、ッ、何年後になるか分からないけど!私のヴァイオリン、聴いてくださるかしら…!」
不安と期待で苦しむ胸を抑え、小夜子はAの背中に問う。Aは立ち止まったが、振り返らず答えた。
「あぁ、何十年でも待っててやるぜ。だからアンタが好きなこと、止めんじゃねーぞ」
その答えはヴァイオリンを捨てきれない自分へのエールのように感じた。
小夜子は涙を浮かべながら、去っていくAを笑って見送った。
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瑠璃 - 新しい話読ませてもらいました!この小説の夢主の性格が他の夢主と違う所がすごく好きです!無理せずマイペースにこれからも頑張って下さい(*^^*) (4月5日 12時) (レス) id: 2399b502ed (このIDを非表示/違反報告)
はなこ(プロフ) - 瑠璃さん» ありがとうございます!まさか読んでくださる方がいると思っていなかったため、とても嬉しいです。マイペースに頑張ります! (4月4日 11時) (レス) id: 6d88c11cf9 (このIDを非表示/違反報告)
瑠璃 - 今まで読んだ5期の夢小説の中で、一番好きです!これからも応援しています! (4月4日 11時) (レス) @page29 id: 2399b502ed (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:はなこ | 作成日時:2024年3月28日 1時