length and width【ars】 (ページ21)

今日:2 hit、昨日:0 hit、合計:95,096 hit

21 ページ21

｢……そろそろ智くんの試合だわ。ちょっと行ってくる｣
｢はい｣

ふ、と何気なく椅子を引くと、櫻井先輩が思い出したように私を見下ろす。
なんですか？と問えば、柔らかく笑ってる。
まさしくそれは偽物の副会長閣下の顔。

｢安心していいよ。相葉がすぐ来るから｣

……なんだ、そんなこと。
守るっていう約束を、律儀に守ってくれるらしい。

意外と中身がヘタレで、つい、笑ってしまう。

｢……どうしてもって言うならもうちょっとここにいるけど｣

ああ、もうダメ。面白すぎる。

｢ぷっ、あははは！しつこい！｣
｢しつこい！？｣
｢んふふ、ふ、はい。大丈夫です｣
｢笑いこらえきれてないけど｣
｢ふふ、ふ、だって、ふふふ｣

駄目だ、止まんない。
守るって素直に言えなくて、相葉くんを引き合いに出して心配して？ああなんだこの人、ただのヘタレか？新手のツンデレか？

くそ、可愛いなんて思わされてる。困った。

｢……ほんとに大丈夫なんだな？｣
｢はい、大丈夫です。行ってらっしゃい。気をつけて｣
｢気をつけることなんかあるかな……｣
｢大野先輩に『翔くん来たのぉ？やだって言ったのにぃ』って言われないように？｣
｢……気をつけても避けられないよねそれは｣

撫で肩で丸く見える背中をより一層丸くしてため息なんかついちゃってる。言われたくないなら行かなきゃいいのに。

ほんと櫻井先輩って。

｢……大野先輩のこと大好きですよねぇ｣

……きょとん。

綺麗な丸い目をより一層丸くして思考停止してる先輩。変な意味で捉えられたかな、そっちの意味はそこまで含めてないんだけど。

ん？と首をかしげれば、正気に戻った櫻井先輩が、にやり、と不敵に、だけどどこか嬉しそうに微笑んで、言った。

｢……あの人は、俺の恩人だからね｣
｢……恩人｣
｢あ、恩人だと重すぎるか。ヒーローにしとこ｣

ヒーローも充分重めだと思うんですけど、なんて、ヒーローって響きに酔いしれる先輩を見ながら思う。

……この先輩の言葉の意味を知るのは、もう少しだけ、先のお話。