春よ、来い【黄】 (ページ6)

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「どうしたんですか、その怪我」
「…べつに、なんでもないっす。消毒液と絆創膏だけ貸してください」

　うっかり怪我をしたある日の放課後。もしかすれば、遅い時間なら、ワンチャン誰もいないんじゃないかと淡い期待を抱きつつ、保健室を訪れた。けれど、A先生は変わらずそこにいて、派手に擦りむいて血の滲んだ俺の腕を見て目を丸くした。
　前の先生は好きじゃなかった。理由も聞かず、俺の顔を見て「また喧嘩？」と、軽蔑するような、心底呆れた顔をして。

(“また”ってなんだよ。喧嘩なんかしねーよ)

　だから、どうせこの人もそうなんだろうって思ってた。
　自分で勝手にするから放っておいて欲しい。そう告げても、先生はしつこく「ちゃんと傷口を見せてください」と言うから、仕方なく腕を差し出した。

「派手に転びましたね」
「…え」
「あれ？転んだんじゃないんですか？」
「……いや、はい。転び、ました、けど」
「ちゃんと傷口洗いました？」
「…洗ってないっす」
「しばらくそのまま放置してたでしょう。駄目ですよ、早く処置しないと化膿しかねないですから」
「…すいません」

　赴任してきたばかりで、噂を知らないからかもしれない。知られてしまったら、また同じように言われるのかもしれない。

　それでも、嬉しかったんだ。

　見てくれだけで勝手な憶測を立てられて、決めつけられなかったことが、俺にとっては、ひどく嬉しいことだったのだ。

　我ながら単純だと思う。

　こんな些細なことで、あっさり人を好きになってしまったんだから。