53話 ページ9
キョトン、とした反応でこちらを見る。止めようとする気配はなかったので続けた
貴「神は貧富を差別せず、心の在りようで祝福か呪いかを見定めよ……私はそう教わってきました。貴方達には失礼な話ですが、だからこそあやかしは逸脱した存在なのだ、と」
渉さんの目が細められる。でも、敵意や軽蔑は無かった。そのことが余計に痛ましい
貴「先日、とある方に言われたのです。罪を犯したから悪人か、善いことをすれば善良か……彼らが一体何をしたのだと
言葉の意味は正しいと思います。ただ、罪とはなんでしょう？善行とはなんでしょう
私たちは……本当に、神は『神』で在ったのですか？」
独白のような質問だった。何を問いたいのかわからず、吐き出してしまって申し訳ない
渉さんの反応を伺うと……なぜか、一言も発さずぱちくりと私を見ている。なんですか、その変な動物でも見る目は
胡乱な表情に気がついたのか、ハッと気がついたように咳払いをする
渉「そうだな……まぁ、例えばよ。君が人間だったとして」
貴「え？えっと、はい」
渉「君が歩く前方に、足がふらついたお年寄りがいます。君は荷物を一緒に持ってあげました。これは善行？」
ピンと人差し指を立てて、渉さんは話し始めた。問いに対しコクンと頷く。「そうだね」と肯定して、中指を立てる
渉「君は人を殺しました。なぜならそれは、親の仇だったからです。これは悪行？」
少し悩んで、頷いた。制裁を下すのは個人ではなく、法のはずだ。同情はしてしまうけど
渉さんは眉を一瞬動かすと、今度は薬指を立てる
渉「また君は人を殺しました。なぜなら、そいつが外国へ売ろうとしていた情報は、国民全てを殺しかねないものだったからです。これは善行？悪行？」
人を殺すのはいけないことだが、その人は大量殺人をしようとしていた。これは善……いや、どっちなのだろう？
その人間を殺せば大量殺人は防げるが、同時にその人の罪も消えてしまう。つまり罪のない人を殺してしまったのはこちらで、私が加害者になる……
押し黙った私を労わるように「こんな感じで」と質問を切り上げる
渉「俺が思うにね、善か悪かなんて曖昧なんだよ。俺たちは、何かを守るために罪を犯すし善行を重ねる
そんな立派な理想がなくてもな。家族を守るために盗みも働くし、民を守るために嘘をつく。それで罰せられるのも恨んじゃいないさ……当人はな」
「ただ」とそこで言葉を区切って言いづらそうに口を開く
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作者名：笹乃葉 | 作成日時：2023年7月5日 18時
