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私以外誰にも聞き取れないくらいの声量でささやかれる。
 「Aちゃんが着てる服、タグが切られてない。このハサミを使って、」
 そのまま手にそっとハサミを握らされる。太宰さんはなおも続けた。
 「タグを切ってきたらどうかな。それじゃあ、Aちゃんは私のカウントと一緒に、いきなり女性に不埒なことを働いた私を突き飛ばすような感じで、急いで化粧室に行ってね。……この服、私のために選んでくれたんだとしたら、すごく嬉しいよ」
 そのまま、長い指がとん、とん、とカウントを取る。──さん、にい、いち。

 「……ごめんなさい、私ちょっとトイレ行ってきます!」
 「おっ、とっとっと」

 私に突き飛ばされた太宰さんがそのまま国木田さんに確保され、怒鳴られながらこちらに向かってうっすらと微笑んだのを私は見逃さなかった。私はひどく胸が拍動していた。

 トイレに入り、服を見ると確かに服にはタグがつけっぱなしになっていた。太宰さんは、それを私が恥をかかないように伝える工夫を、己の身をもってしてくれたのだ。いつもの心中嗜好を装って差し出されたハサミも、ふざけたような抱きつきも、すべては私のためだった。そう知るともう駄目だ。
 私は思わず腰が抜けてへにゃりとトイレの床にしゃがみ込んだ。それを汚いなどと思う余裕はそのときの私にはなかった。だって、だって。
 かろうじて心中嗜好とふざけた言動でイケメン度を落としている太宰さんにまともに紳士的なことをされたりしたら、
 「また、惚れなおすことになるんだって……」

 死にかけた幽霊のようにうすくて軽い私の言葉は、そのままトイレの天井に上って、誰に聞かれることもなく溶けていった。

 やっぱり綺麗な服を着て堂々と働く余裕は私にはなかった。けれど、太宰さんにはこの恋に身をやつせる度胸があった。それはほんのすこし悔しくもあり、しあわせでもあり。
 とにかく私は一日でも早くこの服をちゃんと着て、まっとうな女性らしく微笑めるようになりたいものだと密かに祈るのだった。

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砂色の外套

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森さんが壁にかっこよく手を突いた


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かなで(プロフ) - 待って。太宰さんかっこよくすぎる。え、待って夢主ちゃんと共感できる部分がありすぎる。頷きすぎて首痛い。差し出がましいのは承知の上なのですが、続きを読んでみたいです。いやでも今のまま完結でも素敵すぎるので気が向いたらでいいので!お疲れ様です(?) (2019年3月26日 2時) (レス) id: 5c0695dae3 (このIDを非表示/違反報告)
桜来(プロフ) - 完結おめでとうございます!!最後まできゅんきゅんしました心臓潰れそう....!しかも宣伝までしていただいて.....!!本っっっ当にありがとうございました!シリーズ化されるんなら飛んで見に行きます!!それでは改めて、素敵な作品を本当にありがとうございました! (2018年6月30日 22時) (レス) id: 796169ce21 (このIDを非表示/違反報告)
嘘の鏡(プロフ) - 桜来さん» 桜来さんのコメに鼻血が出そうです(真顔)何かもう様つけるのが避けられないパターンになってきてますね(笑) (2018年4月10日 20時) (レス) id: b75bbcdd77 (このIDを非表示/違反報告)
嘘の鏡(プロフ) - ふでごんさん» えっ…ふでごんさんの作品見たことあります!!(真顔)夢主ほぼ友人のキャラなんですよ(笑) (2018年4月10日 20時) (レス) id: b75bbcdd77 (このIDを非表示/違反報告)
嘘の鏡(プロフ) - さくらさん» ですよねだざぁさま尊い!!もう大好きなんです!コメ、ありがとうございます! (2018年4月10日 20時) (レス) id: b75bbcdd77 (このIDを非表示/違反報告)

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作成日時:2018年4月7日 23時

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