糸を繋いで ページ11
あれから、二週間ほど経った。
固いベッドの上。シーツには、鉄さび色になった血と、白い毛が散っている。その上に寝転がっているのは、ケント――と、呼んでいいのかすらもう分からないモノだった。
自慢だったぴんと立った耳はもはや片方しかなく、きらきらと輝いていた黒い瞳も、今や深淵をうつすのみ。思考などとうの昔から働くことなく、日付の感覚すら存在しない。ただ、何やらぽつりぽつりとつぶやいている。彼の四肢にまかれた包帯は、血と膿とで不気味に変色していた。
今、彼の中にあるのは、傷つけられているのか、否か。それだけであった。――もっとも、それすらも怪しくなってきているのだが。
ぎい、と不意に唯一の出入り口である鉄格子が開く。かつてなら過敏に反応していた自慢の耳は、ピクリとも動かない。
時間が来た、とただケントは思った。思考すらなく唇が真一文字に結ばれ、こぶしが握りしめられる。
ただ黙って、頭を空っぽにして、自分はどこかに沈めておいたらいいんだ、と。
すぐに訪れるであろう衝撃に備え、ぎゅっと目をつぶった。
「兄ちゃん!」
衝撃。けれどそれは顔でも耳でも腹部でもなく、胸に強く何かが押し付けられ――少し前まで慣れ親しんでいた腕が、首に回されぎゅうぎゅうと締め付けられる。
恐る恐る目を開けてみれば、視界に入ったのは、慣れ親しんだキツネ耳。明るい色の髪。何度も、何度も撫でた。
「ド、ルー……!」
そう力なく言いながら、ケントは弾丸のように胸に飛び込んできたドルーを抱きしめようとした。が、腕にうまく力が入らず、だらりと彼の脇腹に沿う。
ごめんね、おれがおとなしくできなかったから……そう泣きじゃくりながら言うドルーの姿は、幸い路地裏にいるときに比べそう変わっていなかった。多少身綺麗な分、かつてよりましかもしれない。
ぼくのしてたことは、ちゃんとドルーを助けられていたんだ。
正直に言えば、彼は侯爵から責め苦を与え続けられるなかで、幾度となく己の選択を後悔し、ドルーを恨んでいた。あの場に戻れたら、今度は決して首を縦には振らないのに、と嘆いたこともあった。
けれど無事な様子で、そして涙を流しながら詫びるドルーを見ると、ほっとするとともに、兄貴分の声が頭の中で響く。
そうだ、ぼくは兄ちゃんの代わりにドルーを守らないといけないんだ。
31人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
紫清(プロフ) - 嵩画さん» 温かいお言葉ありがとうございます! 読んで下さる方がいるということが何よりの励みになりますので、今後ともよろしくお願い致します。 (2020年3月16日 18時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
嵩画(プロフ) - 毎回更新される度にわくわくしながら読ませて頂いております…今後の展開が非常に楽しみです。お忙しい時期だとは思いますが、頑張って下さい。 (2020年3月16日 17時) (レス) id: 34e937d538 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - ももせさん» ありがとうございます! 長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。 (2019年9月26日 0時) (レス) id: 85ba6a0490 (このIDを非表示/違反報告)
ももせ - 小説版すごく楽しみにしていました!今後の展開が気になる…更新楽しみにしてます!! (2019年9月23日 23時) (レス) id: a031215c05 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ