人魚公主 (ページ1)

今日:2 hit、昨日:0 hit、合計:7,546 hit

人間界の王子様ページ1

アンデルセンの童話の人魚姫みたいに、人間の世界に憧れている訳ではなかった。

彼女はただ、姉たちに促されて海の上の世界を見に行っただけなのである。

――

水面から顔を出すと、空から降り注ぐ光線が眩しい。

目を慣らせながら徐々に視線を上げると、海にせり出した岩の上に人の姿。

何やら口論をしている様子？

剣を突きつけて何かを声高に叫んでいる男と、崖に追い詰められているもう1人の男。

話の内容までは聞こえないけれど、、

「そんなところで喧嘩しちゃダメでしょ！危ないよ！落っこちたらどうするの！」

温室育ちの彼女が慌てるには十分な光景だった。

この人魚――名前をAという――は、人魚の王の第6王女。

末娘。正室の娘だから、公主(コンジュ)にあたる。

人魚公主(イノコンジュ)。A公主。

呼び方はどうあれ、ただでさえ平和な水底の王国で、

もちろん裕福な王家に生まれて、しかも王子とちがって世継ぎ争いがなくて、

歳の近いのばっかり集まった姉達みたいにしょうもない事で喧嘩することもない。

姉達はイカした男のいない水底での生活に飽きて、たまに水面に上がってきては人間界を観察するのが趣味のようだが、

A公主にはそんな欲もない、はずだった。

『A、それは人生損してるってもんだよ。

水の上の世界はね、輝いているの。一度行ってみたら分かるよ。』

『えーい、何もここでの生活を捨てて人間界で暮らすって訳でもないんだし、躊躇うことはないよ』

『ただ一度、行ってみるべきよ。

あの楽しさを知らずに死ぬなんてもったいない！』

『はいはい、行った行った。

楽しんできてね、後で絶対、感想を聞かせてよ』

『良い男がいたら姉さんに教えてね、約束よ！』

アグレッシブで肉食的な姉に半ば強引に送り出されて来たはいいが、

いきなりの修羅場に肝を潰しているA公主。

「本当に危ないってばー？」

崖っぷちの方の男が落ちてきた時に備えて岩に近寄っていくと、ちょうど剣を突きつけるのをやめた追っ手。

それから、お互いにペコペコと頭を下げながらはけていく一同。