Side O ページ20
言うつもりはなかった｡
だってまだ恩返し出来てない｡
｢潤！！｣
控室にいる潤が言ったらしいというのは
黒服のゆーりから聞いた｡
｢…五十嵐様､仕事が早いな…｣
切なそうな表情したって駄目だ､許せない｡
｢何で…何で言っちゃうんだよ！｣
｢その方が大野さんの為になるからだろ！｣
｢俺はそんな事…望んでなかった…！｣
崩れ落ちた俺を支えながら一緒にしゃがみ込む潤｡
｢俺だって…辛くないわけないでしょ…｣
｢お前に何が分かるんだよ！｣
はっとする｡
それは潤には関係ないことだ｡
俺の我儘なんだから｡
｢ごめ…｣
｢昨日､話をした時にね､五十嵐様言ってたんだ｡｣
寂しいけど､夢が叶ったんだもの｡
息子の巣立ちだと思って笑顔で喜んであげないとね｡
｢俺､言った事､後悔してない｡…だけど､ごめん｣
それだけ言って潤は接客のためにﾌﾛｱに出た｡
本当はこんなに続ける予定じゃなかった｡
絵を描きながら､金が貯まれば良いと思って始めた｡
顔に自信があった訳じゃない｡
だけど紹介されるがままに始めた仕事だった｡
初めてついた客がAさんだった｡
こんな俺に良くしてくれた｡
画材やｱﾄﾘｴ､服まで用意してくれた｡
Aさんの絵を描いてほしいって約束だけが
俺とAさんを繋いでいた｡
その繋がりを断ちたくなかった｡
俺の本当の母さんみたいに接してた｡
まだ恩返し出来てないのに辞めろと言われた｡
個展なんていつになったら開けるか分からない｡
それ以前に今後も芸術家としてやっていけるかすら分からない｡
だけど､Aさんは喜んでくれた｡
俺の未来を祈ってくれた｡
彼女が娘さんに出来なかった事を俺に重ねてるのは知ってた｡
だったら俺も｡
母さんに出来なかった事を彼女に重ねよう｡
いつか彼女を呼ぶんだ｡
大きくなくて良い｡
1番良い場所に彼女の素晴らしい笑顔を描くんだ｡
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作者名：きょん | 作成日時：2017年11月9日 22時
