御指名は誰になさいますか？ (ページ19)

今日:8 hit、昨日:1 hit、合計:15,410 hit

5 ページ19

翌日､私は店に行った｡

｢Aさん､いらっしゃい｣
｢智､昨日は大丈夫だったの？｣
｢すみません､昨日来てくれてたのに…｣

しょげている彼にもう一度問う｡

｢智､昨日は仕立てたｽｰﾂで行ったの？｣
｢えっ…？｣

戸惑うように私を見る智｡

｢授賞式だったんでしょう？｣
｢何でそれを…｣
｢何でもお見通しよ｣

目が戸惑っている｡
何て言えば良いのか､言葉を探している｡

｢智､お店､辞めなさい｡｣
｢えっ？｣
｢だって貴方､夢を叶えたのよ？｣
｢そうですけど…｣
｢ここで働く理由も無くなったでしょう？｣

昨夜､私は1人､家で泣いた｡
もう会えないのだ｡
その事実が酷く悲しかった｡
娘を愛せなかった私が息子の様に接した人だった｡
智にとっては重かったかもしれない｡
だけど私の精一杯の愛情だった｡
だから最後は私が離れなければ､そう思ったのだ｡

｢でも…約束が…｣
｢私を描く約束ね？｣
｢まだ､描いてません…だってこんなつもりじゃ…｣

声が震えてる様に聞こえるのは私だけだろうか｡

｢智､いつか､個展を開いて｡｣
｢個展を…？｣
｢そう｡その時に見せて？智の描いた私を｣

昨日決めた事だった｡
今すぐじゃなくて良いのだ｡
いつか智の絵で埋め尽くされた空間に
私を描いてくれたら…それだけで幸せだ｡

｢…芸術家になれた事､心から祝福するわ｡｣