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「あ、そーだ。陣平くんに渡すものあった」とAが声を上げたのは、警察学校の門限に間に合うよう俺が病室を出ようとした時だった。
大した荷物の入っていないカバンを掴んで立ち尽くしている俺の前に、クリップで止められただけの紙の束が差し出される。そういや、今回のはまだ受け取っていなかった。
一番上の紙に書かれているタイトルは、【嘘と消失点】。
「……新作か」
「うん。編集者さんは早くしてって言ってるけど、気にせずゆっくり読んでくれたら良いからね」
「それ言われるとクソほど気にするんだわ。いつまでだ。それ以内に読んでくる」
「本当にいーの。私は、陣平くんに読んでもらうために書いてるから」
Aのその言葉に、ふと高校時代の時のことを思い出した。あの時俺が言った言葉、まだ覚えてんのか。向こうからすりゃ、ただのガキの戯言に過ぎねぇってのに。
とはいえこいつの編集者だって仕事だ。担当の作家から原稿を貰えなければクビになる可能性だってあるだろうに、こっちの独断で決めて良いものか。
悩んでいる間にもAは俺に原稿を押し付け、覚束ない足取りのまま背中を押してくる。
普段なら多少するものの、相手は一応病人。抵抗らしい抵抗も出来ず、されるがまま病室を追い出された。
「感想、楽しみにしてるからね」
「……明後日辺りには持ってくる」
「もー、無理しなくて良いのに。お土産はシュークリームね」
「ぜってぇ持ってこねぇから」
「バイバイ」と手を振るAに、わざとらしく「またな」と言って、病室の前を立ち去る。受け取った原稿は歩きながらカバンに押し込んだ。
どういう流れでそうなったか。覚えていないと言えば嘘になるが、あんな些細なことでそんな流れになるとも思えないので、実質覚えていない。
いつからか、俺はAの小説を一番に読む人間となっていた。
担当の編集者や、萩原にその姉貴といった家族、それから同級の仲の良い友人。それら全ての人間よりも早く、だ。
元々本自体にはさほど興味はない。読めと言われれば読むし、興味が湧けば読むが、その程度。読むスピードも早いとは言えないだろう。
……この原稿にだって、俺以外にもっと適任者が居る筈だというのに。
「陣平くんに、読んでほしい」
そう言って笑うあいつの姿を思い出してしまえば、結局は突き返すことも出来ず、俺に残された選択肢は【読む】しかないのだ。
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ミルクティー - 萩原&降谷妹の小説から飛んできました!すごく面白いです!!めっちゃ失礼かもしれないですが、景光の気になる人が喫茶店のオーナーだって知った瞬間に叫びました笑 更新頑張ってください! (2022年5月22日 10時) (レス) @page11 id: ae52256784 (このIDを非表示/違反報告)
音美 - …尊死しました、あのね、ガチで一瞬気絶しちゃったんですよ、この作品僕を殺しにかかってるんでは無いですか??? (2022年5月9日 23時) (レス) @page11 id: aed0770e75 (このIDを非表示/違反報告)
Topaz トパーズ - 更新楽しみにしてまってます!!! (2021年11月2日 5時) (レス) @page9 id: 09b28cb614 (このIDを非表示/違反報告)
颯貴@東方&文スト大好き人間(プロフ) - ぜっっっったいあると思いましたwwww初コメ失礼します!続き楽しみに待ってますね (2021年9月3日 21時) (レス) id: 61e081417a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:無糖 | 作成日時:2021年9月3日 15時