彼女に紹介されたお兄さんが同期だった場合の対処法【萩原研二】

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初めての手話が大失敗(というほどの失敗でもないのかもしれないが、俺にとってはかなりショックだった)に終わり、Aちゃんの顔も見れないまま、自分の席に荷物を放り投げて突っ伏す。

こんな筈じゃなかった。こんな初歩的ミスをするはずでは。
本当はもっとビシッと決めて、「えー！萩原くんいつの間に手話覚えたのー！すっごぉい！」ってなる予定だったのに。いやまぁ、そもそもとして彼女がそんなキャラではないのだけど。


……どうせならかっこよく決めたかった！！！




項垂れる俺の袖を、誰かがそっと引っ張る。今この場でそんなことをする人物と言えば、俺以外には一人しか居なくて。

恐る恐る前髪の隙間から隣を見上げると、思わぬ失敗に大分落ち込んでいる俺とは対照的に、隣の席の彼女は陽だまりのような笑顔を浮かべていた。







「……手話、覚えて、くれたの？」







俺に気を遣ってくれてるのか、通常よりもゆっくりとした動作で、彼女の指先がそう言葉を紡ぐ。それを同じペースで翻訳すれば、Aちゃんの笑顔は一層華やいだ。


……あれ、そういえば俺、手話が分かるようになってる？


Aちゃんが手話を見せてくれて、その事に初めて気づく。それもそうだ。自分で使えるようになれば、他人が使っているのを読み取るのはその倍簡単に決まっている。
この数日間、自分が使えるようになることしか考えてなくて、全く意識していなかった。







「私の、ために？…………えー、どーだろ。どっちかというと俺の為かも。覚えた方がAちゃんと話しやすいかなって思ってさ」







使える部分は手話を使って、分からない部分は今まで通り、口の動きで言葉を伝える。


何十年も手話を使ってきた彼女に比べれば、そんな俺の手話はあまりに辿々しい。いざ覚えた単語を文章にしてみると、思わず笑ってしまうくらいに難しかった。言葉の途中ではよく詰まり、喋りながらだと右か左かすら危うくなる。

正直どれだけ彼女に伝わっているのかも分からないし、もしかしたら、殆ど解読なんて出来ていないのかもしれない。



だけど。







「【ありがとう、嬉しい】」







笑顔でそんな手話を返されれば、嫌でも舞い上がってしまって。

＿＿＿＿その時、漸く気づいたんだ。この数日間、なんでこんなにも熱心に手話の勉強をしたのかって。
俺は多分、Aちゃんのこの顔が見たかった。それだけを目標に、慣れない本に齧り付いて。だからこそ、最初の失敗があまりにもショックで。







＿＿＿あぁそうか、俺、この子に惚れてたのか。







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