唇とマーマレード 6

272 ページ22

「気が強そうだな、と思った」

あまりに正直な答えに、思わず笑ってしまう。

「まあ、当たってるかも」

「おとなしいふりをしてるけど、本当は心の中でいろいろ考えてるんだろうなと思って
だから、あまり関わらないようにしようと思ってた」

「だから、結婚したその日にいろいろ牽制してきたわけ？」

「たぶん、怖かったんだと思う
下手に突いたら、あれこれ言われるんだろうし
口ではとても敵わないと思ったから」

本当に正直な人だな、この人は。

確かにあの時は我慢して大人ぶってた。

会社の為とかやたらと力んでたし、実はけっこうやさぐれてたし。








「あまり関わらず、距離を置いて、外ではいい夫婦のふりをするのがいいんだろうと思ってた
でも…」

「でも？」

「見事に引っかかっちゃったよね
関わらないようにしてたのに、気が付いたらAの世話をやいてた」

そんな風に思い出し笑いをされても、私はちっとも腹が立たない。

あの頃の自分を思い出したら、泣きたくなるほど不憫に思えるけど。

気が付いたら、こんな未来が待ってた、みたいな。

なんだか変な感じ。

「A、気付いてた？
そろそろ、結婚記念日が来るんだけど」

…ってことは、もう少しでもこの結婚生活も１年経つんだね。

なんだかいろいろありすぎて、５年くらいの感覚なんだけど。









「結婚記念日、どうする？」

「いつもと同じでいいよ」

「Aは何かやりたいこととかないわけ？」

「特に…
でも何でそんなこと聞くの？」

「俺は、サプライズとか苦手だし
Aのしたいようにしてあげたいと思って」

「渉さんはしたいことない？」

「したいこと…」

真面目な彼は、こういう些細なことでも真剣に考え込む。

結婚記念日とか、特別なことなんてしなくていいんだよ。

日々の生活の中で、お互いの存在に感謝できれば、それでいい。









「俺も家で過ごしたいかな」

さんざん悩んだ挙句に出た、彼の答えはそれだった。

「ちょっと特別なワインを開けて、お互いの好きなものをたくさん作る
金曜日の夜だから、夜更かしもできるし」

うん、それがいいよ。

僅か１年しか経ってないのに、もう長年連れ添ってるような感覚になるほど、私達はお互いを知り尽くしている…はずなのに。

「それと、話は戻るけど
俺はすぐにでも子どもが欲しいと思ってるから
とりあえず明日から基礎体温を計ってくれる」

こういう頑固な部分には、まだ慣れないけど。

273→←271

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す