唇とマーマレード 5

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ここに来てからというもの、一日一日が本当に長い。

時間が日本よりもゆっくり進んでいるような気がする。

彼の手作りのランチを食べて、２人でプライベートビーチに出た。

大きなパラソルを立てて、日陰の中で並んで読書タイム。

出発前に２人で、お互いに読んで欲しい本を、自分の本棚から選んできたんだけど。

私が選んだのは、上下巻の分厚いミステリー。

そして彼が選んだのは何故か、「三国志」だった。

計８巻あるうちの、３巻まで。

「気に入ったら、残りは家で読んで」

とか、彼は言うけど。

「何で私に三国志を読んで欲しいと思ったの？」

「Aはこれからも仕事を続けたいと思ってる？」

「思ってるけど」

「なら、一度は読んでおいた方がいい
ビジネスに関する戦術や、人を動かす方法、ビジネスに役立つありとあらゆることが書かれてるから」

「それはわかるけど、ハネムーンに妻に三国志を読ませるってどうなの？」

「ビジネスだけじゃなくて、人生のいろいろな場面にも役に立つから」

…わかるけどさ。

テーマが壮大すぎるんだって。








そういえばお互いの本棚から１冊をチョイスする時、彼は自分の本棚を見せることを嫌がった。

…まあ、少しはわかるよ

本棚って、あまり人に見られたくないものだし。

自分の趣味趣向の塊だもん。

「でも、結婚してるんだから見てもいいよね？」

彼の本棚は、例のキッチンの奥の部屋の、クローゼットの中の片隅にある。

しかも扉付きの本棚なのに、クローゼットの奥の押し込んでいるところがかなり怪しい。

彼は私の前に立ちはだかったりして、無言で抵抗してたけど、最終的には諦めたように、

「…いいけど
Aの見て楽しいものは入ってないよ」

力なくそう言っては、脇のベッドへ座り込んでしまった。

絶対、怪しい本やＡＶなんかがあるはず。

それを見られたくないから、あんなに抵抗してたんでしょ？

本棚の観音扉に手をかけて、一気に全開にしてみた。

…だけど。

私の予想してた怪しい系のものはまるでなくて、代わりにあったのはこんな本達だった。

『プレゼン・成功の法則』

『ビジネスコミュニケーション指南』

『鈍感力で生き抜くビジネス社会』

みたいな、ビジネス指南書がずらりと並んでいた。

ベッドの方を振り返ると彼は、

「だから、楽しくないって言ったのに」

そう言ってため息をついていた。

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