唇とマーマレード 5

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「それで結婚ってことになったの？」

「別に私は結婚にこだわってはなかったので、どうでもよかったんですけど
彼が父親のいない子にしたくない、２人で育てたいと一生懸命頼んでくるので、承諾することにいたしました」

…驚いた。

私がフラフラしてている間に、こんなことになってたなんて！

「お二人より先に懐妊してしまうことになり、大変申し訳ございません」

なんて、しおらしく謝罪してくる割には、さっきから顔が緩みまくりじゃん。

「そんなこと思ってもないくせに
でもよかった、若葉が幸せになるんなら」

「今月いっぱいで雇用関係はなくなりますので、その後はお友達としてよろしくお願いいたします」

うやうやしく頭をさげる若葉を見て、ふと思いついた。

「若葉、妊娠初期だし大事にしなきゃいけないから、今日はもう帰っていいよ
それに明日から来なくていい」

そう告げた途端に、若葉の顔色が変わる。

「クビ…、ということですか？」

「違うよ
今日から月末まで有給消化にしよう
どうせ若葉のことだから、有給とか溜めまくってたんじゃない？」

それでも渋る若葉を強引に帰して、10分もしないうちに、呼び鈴が鳴らされる。








モニターには、疲れ切った顔の橋本さんが映っていた。

とりあえず部屋に通して、お茶を出した途端に、橋本さんはすごい勢いで話し始めた。

「奥様が昨日の夜、入院いたしました
どうも前々から体調がよろしくなかったようで、それに伴い、今朝付で社長を辞任されました」

辞任！？

待って！じゃあ、次の社長はどうなるわけ？

「後任の社長を決める会議が、明朝行われます
是非、社長も出席していただきたい、とのことです」

「…もう俺は社長じゃないんだけど
それに、退職願も提出してるし」

「退職願は受理されていません
ですので、社長はまだ本社に籍がございます」

まだ受理されてないってことは、まだ彼は自由になんかなれてないってこと？

私は黙って、２人のやり取りを聞いていた。









「現在は専務が社長代理で業務を遂行しておられます」

「…そう
でも、出席するつもりはないよ」

「それでも出席するべきだと思います
まだ社長は、この会社でやるべきことがあるはずですから」

橋本さんはそう言い残して、帰って行ったけど。

彼はその日、一日中浮かない顔をして、一人で考え込んでいた。

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