唇とマーマレード 5

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いつもの私なら「酸欠とか言い過ぎじゃない？」とか言ってしまいそうなんだけど、

今の私はこの非現実な時間にすっかり麻痺されていて、すんなり受け入れてしまうのが怖い。

私ももうこれ以上、彼と離れているのなんて無理なんだ。

ハネムーンだっていうのに私達は相当に重くて、まるでこれから心中でもするかのような空気を纏っている。

せっかくこんなゴージャスなホテルに泊まってるのに、こんなホテルに泊まれるのもこれが最後なんじゃないかと思って、勝手に切なくなったり。

彼の肩にもたれて、プール越しに鈍く光る夜の海を眺めていた。

「もう来れないんだろうな、こんな素敵なホテルとか」

「そう？うちのゴールドコーストの別荘には、もっと大きなプールと広い庭があったけど」

せっかく私が感傷的になってるのに、彼はそんな現実を持ち出してくる。

「その別荘、いつか行ってみたいけど
無理なんだろうね」

だって、もう彼は本家とは縁を切っちゃったんだし。

「あの別荘は長男の名義になってるはずだから、頼めばいつでも行けるんじゃない？」

彼は軽くそんなことを話しながらも、

「少しずつ考えなきゃね
日本に帰ってからのこと」

そう言っては、私に気付かれないように溜息をつく。

「まあ、どんなことがあっても、Aに不自由な生活をさせるようなことはしないから」

彼の考える不自由な生活って、どんなレベルなんだろう。

きっと私の想像してるものより、スケールが大きいんじゃないかな。









「新しく人生をやり直したいと思ってる」

片手で私の頭を引き寄せながら、彼は独り言みたいに語り始めた。

「今までは決められた人生を、そのまま生きてきたけど
そうじゃなくて、自分で決めたいと思う
仕事も生活も、全部」

「もう今までみたいにセレブな暮らしはできなくなるよ？」

「そういうのも含めて、全部捨てたい」

普通なら退職して次の仕事も見つかってない状態って、精神的に不安定になるはずなのに、彼の言動は以前より軽やかで。

本当に彼は自由になりたかったんだろうな。

「やりたいことはまだないけど、何してでもAのことは食わせていくから
教員免許も持ってるから、教師になってもいいし、塾の講師になったっていい」

「持ってたんだ？教員免許」

「親には必要ないって散々言われたけどね
内緒で取った」

もしかしたらその頃から彼は、こんな風に自由になる日のことを想像してたのかもしれない。

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