。 ページ11
．
「……今日は、その、お仕事、大丈夫なんですか」
「あぁ、今日は元々休みだったので。そういう貴女は昨日と変わらない服ですが、もしかしてずっとここに？」
「……まぁ。食べなくても死にませんし、なんというか、体だけがループしているみたいで。服は着替え損ねました。臭いと思われるのでもう少し離れた方が良いかと」
「ループ……つまり、髪とかを切ってもその長さに戻るという事ですか？」
「そう、なりますね、はい」
彼との間に少し距離を開けて、こくんと一つ頷きを返す。今まで髪を切ろうという思考に至らなかったので分からなかったが、よく考えたら髪の長さも全く変化していない。ということは彼の言うとおり、傷口のようにこの髪も切ったら元に戻る、と考えるのが妥当だろう。
興味深い、とでも言いたげに瞳を細め、彼は顎に手を当てる。恐らく顎に手を当てるのが癖なのだろう。たったそれだけなのに様になっているのは、彼を纏う独特な雰囲気の影響だろうか。
次に言われるであろう言葉は、なんとなく想像が出来た。大方、髪を切っても良いか、的なことだろう。彼の口が薄く開かれる。息を小さく吸い込む音が聞こえて、遮るように、私は口を開いた。
「良いですよ」
「……」
「髪、切ってくださっても」
髪を切るだけで彼の中での信用度が高まるというのなら、しない手は無いと思った。自分でも、変だと思う。大して関わりの深くない彼に、信用してもらいたいと思っている自分が、変だと。
後ろに垂れていた髪を肩の前に持ってくる。その動作を彼は静かに眺め、やがて「ありがとう」と一言呟いた。肩にかけていた鞄を開くと、彼はなにかを探し始める。今探すものと言ったら、大体なにか決まっていると思うが。
取り出されたのは、ペンケースだった。派手すぎず、地味すぎないシンプルなデザインのペンケースを開け、現れたのは、持ち手が黒色のハサミ。
「……失礼」
「はい」
毛先から五センチ程の所に、ハサミの刃があてがわれる。髪の束を少し持ち上げる彼の手を見つめているうちに、シャキンと金属が擦れ合う音が鼓膜を揺らす。彼の掌には、切り落とされた髪の束。
真っ直ぐに毛先の揃った髪。二人してそこを見つめていると、十分もしない内にそこは元通りになってしまった。一瞬だった。ある種気持ち悪さを覚えるくらい、一瞬だった。
→
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 333人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「QuizKnock」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
白菜(プロフ) - 歌さん» コメントありがとうございます！確かに今思うとぴったりですねw (2021年4月8日 13時) (
レス) id: 367472b3a3 (このIDを非表示/違反報告)
歌 - この作品の後に『夜に駆ける』を聞いて号泣しました。最高でした！ (2020年9月7日 15時) (レス) id: 1444924b03 (このIDを非表示/違反報告)
白菜(プロフ) - 和奏さん» コメントありがとうございます。私もこの作品を書く際にはいろんな事を考えさせられました。その中で思ったのは、やはり人生は終わりがあるからこそ美しいんだろうなということです。顔も見えない奴ですが、最後の時まで和奏さんが笑顔でいれるよう、願っております。 (2020年8月14日 10時) (レス) id: 367472b3a3 (このIDを非表示/違反報告)
和奏(プロフ) - 私事になりますが、私は余命宣告を受けています。永遠があれば、と考えたことがありました。でも、白菜さんの小説を見て永遠なんて最悪だと思いましたね。大切な人の死は見たくない。白菜さんには毎回心を揺さぶられてます…今回も素敵な小説、ありがとうございました。 (2020年8月13日 10時) (レス) id: ea0b227b7d (このIDを非表示/違反報告)
白菜(プロフ) - はーちゃんさん» 書き始めた当初は終わりだけしか思い付いておらず、さてそこまでどうもって行くかにめちゃくちゃ頭を悩ませたんですが、そう言って頂けて嬉しいです。まさか後書きまで褒めて貰えるとは思ってませんでしたが(笑)こちらこそ有難いコメントありがとうございました！ (2020年6月12日 19時) (レス) id: 367472b3a3 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
