＊1＊ ページ16
｢聞いてないってどういうことですか！｣
そんなはずは無い。確かに色んなコネクションを駆使して今日の取材にまでようやくこぎつけたんだから！
｢アンタらじゃ話になんない！偉い人呼んできて！｣
目の前の、見上げるほどの身長だけど雰囲気が“黒服見習い”らしき男性二人に噛み付くようにそう言った声がどうやら店の奥の方まで届いていたらしい。
｢どしたー？｣
のらりくらりと現れたのは、スーツを着崩した小柄な男性だった。
｢何を怒ってんの(笑)｣
口調は柔らかく、年齢の読めないその男性。
その人を避けるようにピシッと気を付けをする見習い二人が｢あのですね…｣としどろもどろに事の顛末を話した。
｢は？取材？俺に？｣
｢あなたが二宮さん、ですか？｣
｢そうだけど？いや、本当に聞いてないわ｣
うーん、と顎を摩るたびにフニフニと頬のお肉が柔らかそうに波打ち、イメージした人物像といささか掛け離れている。
｢店長が俺に落とし忘れたのかなー｣
ここで断られたら全てが水の泡だ。
｢二宮さん、今ここで交渉させてください。是非取材させてください。お時間作ってください！お願いします！｣
勢い良く下げた頭の上で、
｢いいよ｣
あっけらかんと二宮は了承してくれた。
｢ただし｣
｢はい？｣
｢勤務明けの数時間のみ｣
｢勤務明け、ですか？｣
｢店が終わるのは１時頃。そっからなんだかんだやって、俺が店を出るのは５時。そこから２時間くらいかな｣
そんな時間でもいいならね？とほくそ笑むのはきっと私に｢遠慮します｣と言わせたいからなんだろう。
でもそれは無い。というか、承知の上で頼み込んでるんだ。
｢わかりました｣
｢お(笑)｣
｢これ、私の番号です。いつでも結構ですが出来るだけ早くご連絡ください｣
｢わかったよ｣
｢では。今日はこれで失礼します｣
またペコっと頭を下げ、クルリと背を向けた。
｢お送りして｣
二宮のその一言でさっきの二人が慌てたように私の前に駆け寄り、扉をグッと押し開けた。
｢またね？えっと、名前聞いたかな？｣
外気が入り込み、足元にまとわりつく。
｢鈴木です。スズキサトミです｣
私は振り向くことなく用意した名前を告げ、｢またねサトミちゃーん｣と楽しげな声を聞きながら店を出た。
目の前を酔っ払いがふらふらと通り過ぎたその向こうに光るコーヒーショップの看板。
私はやっと出会えたその興奮を冷まそうと、震えが止まらない足でそこに駆け込んだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 660人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
