朝を憂う【ONEPIECE】 (ページ18)

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ゞページ18

✯

「ッ」

　ぐっと寄せられた上半身に身動ぐも、頬を支える力強い手が顔を背ける事を許さず。──私はそれから逃れられなかった。顎をつたい落ちる生温い血。唇に触れる柔い感触。私を射抜くアメジスト。

「お前を掬ったのは、俺だ」
「みすた」
「こんな時くらい名を呼びやがれ……それが死者への手向けってもんだろう、Aよ」

　この、男は。

「客の情報は部外者には決して漏らさねェ。それが掟、……金庫の鍵は俺と、俺の身内だけが持っている」
「……」
「それから……ハー、どうせ最期だ、本音を言ってやる。お前は殺し屋には向いていない」
「──え」
「海賊の用心棒してりゃあ世界も広がるだろう。そのまま続けろ……お前の手は小さい。武器より、花を持つ方がいい……」

　どうして、死の淵に立っている今、この時に。こんなにも満ち足りた顔をしているのだろうか。幸せそうに、私の名を呼ぶのだろうか。

　血に塗れた唇が弧を描き、喉を震わせて。

「サルヴァトール」
「いい女になったな」
「───」
「……ハハ……クソッタレの、人生だったが。おまえに殺されて終わるってのぁ……悪かないオチだ……」
「……ぁ」
　
　落下した掌を受け止める。温もりの残るかさついた手。目線を戻せば、既に彼の瞳に生気は無かった。アメジストの中心に、ぽっかりと穴のような瞳孔が開いている。

　ちゃり、と金属音がする。上着の胸ポケットに重みを感じ指先で探れば、──そこにあったのは鍵だった。サルヴァトールの言葉を反芻する。金庫の鍵を持っているのは彼とその身内だけ。……私の記憶と、今の情報が正しいのなら。彼には配偶者どころか親族さえ、ただの一人もいないのだ。

「……そうよ。わたしを掬ったのは、あなただったわ……Salvator(サルヴァトール)」

*

　部下たちは仕事や私用で出払っているらしい。訪れた拠点はもぬけの殻だった。乱雑に置かれた武器や書類から彼らの忙しさが窺える。そこらに投げ捨てられた酒瓶は、どれも度数の高い銘柄ばかりだ。

　部屋の奥、地下に通じる階段を降りて行けば、確かに大きな金庫があった。扉には鍵穴と四桁のダイヤル錠。……昔と、何も変わっていないのなら。数字を1・2・2・4に合わせれば、そんな儚い予想が中っていたことがすぐに分かる。

　鍵を差込み、ぐるりと回す。重厚な扉が開かれる。──そこにあったのは、確かに、本物の彼らの顧客情報だった。