朝を憂う【ONEPIECE】 (ページ1)

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拝啓、月に祈る幼子へページ1

◇

　肉に刃を突き立てるたび、心の削げ落ちる音がしていた。

　殺しを生業とする人間に最も必要なのは無感情だ。一々憔悴しているようでは役に立たない。効率性と作業速度が要であるこの仕事において、罪悪感は何より忌むべきものなのだ。

「……まア、正論だな。その知識は親から与えられたものか？」
「厳密には違う。あの人は私に、母と呼ぶことを許さなかった」

　──私を産み落とし、私を抱いたその掌で、私を他者だと拒絶した。だからマリアは、仕事の上司に他ならない。肉親などという甘ったれた関係に縁はない。

　愛を求めて泣く幼子に向けられたのは、殺意と錆びたナイフだけ。彼女は決して私の名を呼ばなかったし、目さえ合わせようとしなかった。

「噂通りの冷てェ女だな」
「……そうかしら。私には、ずっと燃えているように見えたけど」

　復讐に囚われた憐れな女。火刑に処され生き延びて尚、炎を消せずにいる女。

「不憫で仕方なかったわ。自分じゃあ成し遂げられないから、どんなに嫌いでも私に縋る他なかったのね」
「……」
「本当に、可哀想なひと。──もういい？嫌いな女の事ばかり喋るのは気分が悪いわ。早く殺して」
「……あァ。用は済んだ」

　彼女の事を知りたいと言い、仕事に失敗した私を捕え生かしていたこの男は海賊だ。手配書を数度見かけた記憶があるので知っているし、つい先日新聞にも載っていたような。

　別段興味は無いけれど、物心付いた時から殺しに明け暮れていた私にとって、彼ら海賊は何より羨むべき存在だった。……自由を愛し、海に生きる男たち。

「私も、逃げ出せばよかったのかしら」

　そうしていれば、未来は何か変わったのだろうか。