看病 壱 ページ34
梨花妃の容体は思った以上に悪かった。
雑穀の粥を重湯に作り直したが、匙から吸う気配はないので口をこじ開けて流し込み、ゆっくり嚥下させる。
食事をとらない。それが一番の問題だ。
Aは根気よく、しつこいくらいに食事を与えた。
部屋の換気を行うと、むせるような香が薄れ、かわりに病人特有の匂いがする。
病人臭をごまかすために香をたきしめていたのだろう、風呂にも何日も入っていないようだ。無能な侍女たちに憤りが増す。
折檻を受けた侍女は謹慎を言い渡されたらしい。おしろいは買い置きを隠し持っていたものだった。可哀そうに、おしろいを回収しそこなった宦官は鞭打ちになったというのに。生まれで罰も左右されるのだ。
統括する宦官には、Aが侮蔑をこめてじとりと見つめたが、きょとんとされたのであまり意味をなしてなかった気がする。
なんせAの表情は読み取りづらいのだ。その理由は後でわかる。
湯桶と布を準備させ、呼びつけた侍女たちとともに梨花妃の身体を拭く。侍女たちは難色を見せたが、Aが何も言わず静かに見つめると大人しくしたがった。
肌は乾燥し、水をはじかず、唇は痛々しげに割れていた。紅の代わりにはちみつを唇に塗り、髪は簡単に結わえる。
あとはことあるごとに茶を飲ませる。時折、茶の代わりに羹を薄めて与える。
小用の回数が増える。
怪しげな新参者に敵意を示すかと思ったが、人形のような梨花妃は概ね大人しく世話を受けていた。うつろな目は、誰が誰かを認識しているかどうか、わからなかった。
一度に飲む重湯の量が茶碗半分から一杯に増えると、少しずつ中の米粒の量を増やしていく。顎を押さえずとも自分で嚥下するようになると、肉の旨味をとじこめた汁物とすりおろした果実を加えた。
看病をしていた時のことである。
ふと梨花妃の唇が動いた。
「……して、……のか」
漏れ出る言葉を聞き取るため、Aは梨花妃のそばに立つ。
「どうして、あのまま死なせてくれないのか」
小さな消え入りそうな声だった。
Aはしっとりと落ち着いた声で言う。
「ならば、食事をとらねばいいことです。粥を食むということは、死にたくないからでしょう」
と、温めた茶を梨花妃の口に含ませた。
こくんと喉が鳴ると、
「そうか……」
梨花妃の唇からかすれた笑いがこぼれた。
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作者名:泉 | 作成日時:2024年1月18日 22時