『A』② (ページ8) - 小説/夢小説

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(礼を言って渡す礼を言って渡す礼を言って渡す礼を言って渡す…)

競歩の如く廊下を進みながら、声に出さずに唱える。
目的地が見えても勢いを殺さず、そのまま突き進み、ついぞ引き戸に手を掛け。

礼を言って渡す！

最後に強く唱えて引き戸をスライドさせた。
思いのほか強い音を奏でた引き戸に、視線が集中するも、そこに気付く程の余裕は今の水揮にはない。
教室内を見渡し、目的の人物を水揮の目が捉えるのと、本人が声をあげるのは同時だった。

「水揮さん！」

席を立った八百万へ後方の出入口から一直線に進む。
その間も頻りに心中で唱え、グッと足へ力を入れる。
他の女子達が駆け寄るも、水揮の視線は微動だにしない。気付かない。
そのまま、口を開こうとした水揮に眉を下げた八百万の声がかかる。

「心配しましたわ。お家の方は大丈夫でしたか？」

「……ああ、問題ないよ。騒がせて悪かった」

言葉通りの表情に一瞬疑問が湧くも、二日前の事だと察する。
おそらく、相澤が理由付けをしてくれたのだろう。
あながち間違いではない。

出鼻をくじかれたが、気にかけてくれたくれた彼女を無下にするのは良くないと、取り敢えずそれに関して言葉を返す。
安堵する八百万の声の他にも、同じ声が周りから聞こえ、そこで初めて彼女達が集まっていたことに気付く。

「もう私、心臓止まるかと思ったよ〜」

「私もー」

袖口を胸元に当てる葉隠に、麗日も同じ様に同意する。
頷く彼女達に、「何かあったのか？」水揮の面が傾く。
「えぇえ！？何かじゃないよ！」両手を握り、胸元で上下する麗日と、「すんごいビックリしたんだから！」と詰め寄る葉隠に、水揮の背が若干反る。

「目の前で窓から落ちられたら誰だって驚くわ、水揮ちゃん」

「…あぁ。そうか…すまない、急いでいたからついな…」

蛙吹の言葉でやっとこさ自分のとった行動を思い出す。
水揮の言葉に、ついって…となんとも言えない表情の面々に、彼女の中で疑問符が浮かんだ。

が、本来の目的を思い出し、八百万の名を呼ぶ。
出鼻をくじかれた所為かどうかは定かでないが、先程より幾分か冷静になった気がする。
心臓は全く変化無しであるが。