第3話 ページ5
今まで、人と多く言葉を交わした事のない私だったが、イザナどののふわりと笑う笑顔の前では、何故か話をするのが楽しく思えた。
庭に出て、どれくらい経ったのか。
ティーポットのお茶がまだ底を見せていなくて、ほんのりと温かいからあまり多くの時間は経っていないのだろうが、その少しの時間もあっという間に思えた。
「……?……イザナどの、やはりまだ、執務が残っておられるのですか?」
「ん?どうかしたのか?」
「いえ、ハルカ侯爵と……もう一人、誰かがいらっしゃったようなので……」
遠くに、ハルカ侯爵と歩く人影が見える。
イザナどのは、あぁ、と呟くと席を立たれた。
「少し、待っていてくれるかい?A」
「はい、わかりました」
離れていくイザナどのの背中に寂しさを感じながら、それを紛らわせようと私は自分のティーカップに入ったお茶を、一口飲んだ。
少し冷めてきたからか、お茶は少しの渋みを舌に残していった。
「待たせたね、A」
庭師に丹精込めて手入れされているのであろう、美しく咲き誇る花たちを、ぼーっと眺めていると、後ろから声がした。
「あ、いえ。……用事は、終わったのですか」
「いや、まだ残っていてね」
「……そうですか」
私がウィスタル城に来て、一週間。
話す相手はイザナどのとハルカ侯爵、そして女中のリアぐらいしか居ず、中でもイザナどのとの話はいつも楽しいので、イザナどのが執務に戻られる時は物寂しい気持ちになる。
「A」
「はい、なんですか?」
私が寂しい、なんて言ってイザナどのを困らせるわけにはいかない。
だから、最後まで、別れ際まで、私は穏やかに在らねばならない。
「一緒に、来てくれるかい?」
「え……っ!」
だから、その言葉が嬉しかった。
「弟に、ゼンに会ってもらいたいんだ」
「……はい、わかりました」
例え、私が必要とされていなくても、私の身分からしか必要とされなくてもいい。
閉じこもっていた部屋から一歩、踏み出したのだから、もう、部屋に閉じこもるのは嫌だった。
だから、必要としてくれるなら、何でもよかった。
ただただ、他人に必要とされるのが、嬉しかった。
「どうした?A。やけに嬉しそうじゃないか」
「人に必要とされるって……いいものですね。……何故か、誇らしくも思えてしまう」
イザナどのは少し驚いた顔をしたが、微笑んだ。
「そうだね」
と、一言残して。
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ゆきな☆(プロフ) - 更新頑張ってください!楽しみに待ってます! (2020年4月20日 20時) (レス) id: eaaa1b941d (このIDを非表示/違反報告)
くるみ(プロフ) - 音織さん» 更新が遅くなって申し訳ないです。ゆっくり更新ですが、頑張りますのでよろしくお願いします。 (2018年8月30日 21時) (レス) id: c51862496b (このIDを非表示/違反報告)
音織(プロフ) - 初めて!音織です!いつも読ませて頂いてます!久しぶり更新嬉しかったです!無理せず更新頑張って下さい! (2018年8月30日 1時) (レス) id: 7413fe4c64 (このIDを非表示/違反報告)
くるみ(プロフ) - 天泣tenkyuさん» 文章を褒めていただけて、すごく嬉しいです!ありがとうございます。更新頑張ります(^^*) (2018年1月11日 17時) (レス) id: 1b7b0b02d0 (このIDを非表示/違反報告)
天泣tenkyu(プロフ) - 文章などが凄く好みで楽しく読ませていただいています!無理なく更新がんばってください(´ω` ) (2018年1月10日 22時) (レス) id: 6a5dbc60dc (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:くるみ | 作者ホームページ:
作成日時:2017年12月3日 15時