"ばじけいすけ"【場地圭介】 (ページ14)

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運良く誰もいないトイレで手を洗う。
次の教科は社会だったか。
場地くんは漢字を書けないだけではなく、字が独特で、後から見返しても本人すら読めない。
先日ノートと睨めっこしていたのがその証拠だ。

「ふふ、可愛いなあ場地くん」

本鈴ももうすぐ鳴る頃なので急いでトイレを出た。
ふと聞こえた声に思わず反応した。

「1年3組の場地ってヤツ、締めっか」

なんて不穏な言葉を放つ集団。
上履きの色を見るに、2年生であることは間違いなさそう。

ふと取り巻きの顔を見回すと、一人だけ見たことある顔があった。
足元を見ると案の定その人だけ1年生。
自分でも、不快そうに顔が歪むのがわかる。
相手も視線に気づいたのか、私の方向を向いた。

「田中……」

「っ！渡辺ぇ…！」

「あ？てめぇがあの渡辺か」

「んだその目！何か言いたいことでもあるのかゴラァ！」

5、6人程の大男が私を取り囲む。

にしても田中。なんて卑怯なんだ。
先日は千冬に喧嘩を売っていた上に私にも文句という名の言い掛かりを付けてきた。

自分が負けた癖に場地を締める？ふざけるな。
彼は一人で勝利したのに自分は泥よりも穢らしい手を使って陥れようとしているのか。

「場地くんには、絶対手を出さないで」

「弱者のくせに命令か？随分と生意気なこった。それにオレを弄んだツケも払ってねぇよな」

「……それに関しては、気分を害さないよう丁重にお断りしたよ」

「はぁ？オレはオマエのことなんか1回も好きだったことなんかねぇよ！嘘つくんじゃねぇ！」

そういうことか。
自分が振られた腹いせに"弄んだ"と私の悪評を言いふらし、先輩たちを味方につけた、と。
腹の底がふつふつと煮え立ってきた。

しかし相手には威圧感のある背の高い先輩たちだ。
ただの女が叶うはずがない。
下唇を噛み締めながら視線を泳がす。

「それは聞けねぇな。オレたちの偉大な先輩たちもやられたんだゼ？」

「へぇ顔は…まぁギリ合格ってとこか」

「先輩！好きにやっちゃってください！」

「おい、着いて来い。逃げたら殺す」

汚い声で、顔で、目付きで私に声をかける先輩たち。
自分の生唾を飲む音がはっきりと聞こえる。
冷や汗も未だ止まらない。
恐怖には勝てず、震えた脚を何とか動かして大人しく着いて行く。

授業開始の合図である本鈴がいつもより小さく鳴った。