砂浜を乞う (ページ2)

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「今年は治水を行うように」
　アジーム家には当時の王から下賜された広大な領土がある。砂漠のただなかに首都を構える熱砂の国において、アジーム家の領土にある数多くのオアシスが交易や商業を発展させ、国内でも豊かな方だったが、ベルクはたった一代で国内有数の一大都市へと発展させた。
　ベルクには商業と政治の才があった。
　幼少の砌よりその才は遺憾なく発揮され、一族の住む宮は改築を重ねるごとに絢爛なものへと変わり、見下ろす景色もまた夜を照らす煌びやかな光が増していった。彼にとっては彼とともに成長したこの都市こそが愛しい息子で、手塩にかけて土地を耕し、法を整え、人と金を動かし作り上げた街に住むものにとってもまた、ベルクは父親のような存在だった。
　豪奢な宮を抜けて露店の立ち並ぶ大通りへ行けば、せわしなく頭上を行き交うのは口をあけて笑う民たち。はしばみ色のレンガが特徴的な酒屋を目印に、左手の路地へと入れば大通りから一転、熱砂を冷ます涼しげな風が吹き抜ける路地裏へ。そこからさらに三毛猫の居ついた空き家の屋上の端ギリギリからとなりの屋根を渡り、あとはただ風上へ向かえば水たまりといってもいいほど小さな、ジャミルのためだけに誂えられたオアシスがある。
　猫か、猿か。あるいは鳥の影か。傍から見るものがあれば、ジャミルを人と思う者はいなかっただろう。滑るような無駄のない動きは、人よりも野生の獣を連想させた。
　開けた途端に香る青々とした植物の匂いと、水に冷やされた風がジャミルはこの国で一番好きだった。
　マタールムバラクーー恵みの雨と名付けたその場所は、はじめは単なる砂に埋もれた公園程度の広さの空き地でしかなかった。もともとは誰かが住んでいたのであろう粘土造りの家が時間とともに風化し、砂へと還り、後にはわずかばかりのガラクタが埋まるばかり。それはそれで一人でぼんやりするなり、砂の中のガラクタから宝を探すなり楽しんでいたが、ただそれだけの場所でしかなかった。小さくともオアシスとなったのは、カリムの魔法の練習があったからだ。

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