砂浜を乞う (ページ1)

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「そうしたかったのだろう？」
「——は」
　是とも否とも言えず言葉を忘れて息を震わせるジャミルを男は一瞥し、鷹揚に笑うと、煌びやかなベールを翻して自らの作り上げた夜の街に背を向けた。豪奢な靴が大理石越しに、這うように平伏するジャミルの傍へと近づき、降ってきたのは熱帯夜にそぐわぬ声音だった。
「さすれば此度の背反は、お前の命だけで許してやる」
　決して威圧的なわけではない。それなのに自分を値踏みするこの男の前では一挙手一投足のうち一つ間違えるだけで、簡単に首が落ちる気がしていた。ジャミルは手足が先から急激に冷えていくのを感じ、視界の真ん中に鼻先から伝った汗が落ちる。
　靴音が遠く風にさらわれて男が望楼を後にしてもジャミルは瞬きすら忘れたまま、使用人に声を掛けられて初めて呼吸を取り戻した。心配する側仕えの手を払い視線だけは前を見据えていたものの、足取りはおぼつかず、あてがわれた部屋に入るなり全身から力が抜け、それきり目をあけることすら叶わなかった。直前にくりぬき窓から見上げた月はとうに天蓋の真上を通り越していたにも関わらず、一向に眠気はやってこない。
　ジャミルはそれから夜が明けるまで、一つの言葉を頭の中で繰り返していた。
「カリム・アルアジームを殺せ」
　男はカリムの従者である自分に、あろうことか主を殺すようにと笑ったのだった。

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オーバーブロットの事件が収束してから三日間は、ごく平穏なものだった。事件のどさくさで溜まっていた寮の仕事を片付けるのは、寮生たちの恐怖と侮蔑、時には憐憫の入り混じったまなざしを無視するのにちょうどよく、日ごろから鍛えていたこともあってジャミルは順調に回復していった。
ジャミルが自立し始めたカリムの世話を終えて自室に戻ったとき真っ先に目に入ったのは机の上で白い封筒を咥えた真っ白の鳩だった。口元の封蝋印の誇示するような深紅に吐き気がした。
　封蝋印はアジーム家のものだ。
息を詰まらせて読み進めていくと、予想通り本国からの召還命令だった。書面には建前ばかりの容態確認とジャミルの起こした背反行為の詳細について、それからこの件に関してカリムには内密にするようにとの事が書かれている。一通り目を通したジャミルは、最後の署名を見て瞑目した。
流麗な筆記体で記されていたのはベルク・アジーム――カリムの父、領主の名前だった。