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閑話-棗-1 ページ8

 日向棗は苛立っていた。

 この学園に“入学”してから、数ヶ月も経たぬうちに任務が始まった。初めはほかの生徒や職員につく形で。回数を重ねるうちに、自分一人だけで現場へやられるようになった。
 任務の頻度は徐々に増していく。両手両足の指では数えきれないほど任務を重ね、心がだんだん荒んでいくのを感じていた。
 ある晩の任務で、少しヘマをした。事前に与えられていた情報と現場の情報が食い違っていた。それが棗の判断力を鈍らせた。
 予定していた帰還時間を大幅超え、全身に血を浴びてペルソナの待つ車に戻る。返り血のほか、棗本人のものも多量に含まれていた。革張りのシーツに血が溜まる。運転手が車を走らせ、学園に――檻の中へと戻る。
 どのような姿で戻ろうとも、ペルソナは決して棗の体調を気遣わない。無機質な声で、明日も任務があるから同じ時間にこいと、それだけを告げた。

 学園につき、本部の前で車からおりる。あたりは暗く、生徒はもちろん、職員の一人すら歩いていない。
 息を吸えば血の臭いが鼻に溜まる。死臭に取り囲まれて、自分までもが死者になった気分だった。母の形見であるネックレスを握れば、多少は息がしやすくなった。
 気怠く重い身体を半ば引きずって初等部の寮へ戻る。エントランスを抜け、階段をのぼり、自分の部屋へ帰ろうとして、廊下で一人の生徒と鉢合わせた。

「……え」

 共同利用のトイレから出てきた彼女は、血濡れの棗を見て目を見開く。
 内心舌打ちをする。棗の部屋はこのまま廊下を突き進まないと辿りつかない。彼女の横を通り過ぎようとしたら、声をかけられた。黙って、見ないふりをしておけばいいものを。

「ま、待って、怪我、怪我してる……!」
「…………」

 名前は知らないが見覚えはあった。用もないのにA組の教室にたびたび訪れる、B組の女子生徒だ。彼女は学園に入ったばかりの棗とルカに、「初めまして、これからよろしくね」と笑った。なにがよろしくだと、無視を決め込み一瞥したら、悲しそうに笑った。
 いくつか学年が上にもかかわらず、彼女は棗よりも背が低い。そして、肩のあたりで切り揃えた黒髪が妹を彷彿とさせて、それがより棗を――妹一人救えない己の無力さを浮き彫りにし、苛立ちを増加させた。
 引き留めようと伸ばされる手を振り払う。それでも棗を止めようとする彼女の肩を強く押して、突き飛ばした。

「――しつけえんだよ、ブス」

 小さな身体が壁に当たり、呆然と棗を見あげる。それを無視して自室へ戻った。これでもう彼女は自分には近づかないだろう。

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作者名:きざし | 作成日時:2020年12月30日 2時

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