開演ブザーは永遠に（３） (ページ7)

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鳴海先生は面食らったように数秒固まってから片膝をついた。ぐしゃりとドレスのスカートを握りしめた私の手に触れる。そのぬくもりにすら、大げさに反応してしまう。

「……ごめんね、Aちゃん。ちょっと聞きたかっただけなんだ。怖い思いをさせて、本当にごめん。……もう聞かないから」
「っ、……知ら、ないの。私、本当に、なんにも知らないの」

　声は震えたが、涙は落ちなかった。一度眼を閉じたが最後、このまま決壊してしまいそうだった。ひたすら力がこもり、爪が食い込む手を鳴海先生がほどく。

「……うん、うん、そうだね」
「……知っているはず、ないのに……知らない、のに……なんで……いたい……つらい、くるしい……さみしい、なんて……！どうして、私は……！」
「ごめん、ごめんね、怖かったね」

　鳴海先生が私の身体を抱きしめて髪を梳く。壊れものでも扱うようになだめられて、身体がゆっくりと熱を取り戻すのを感じながら、たしかにに違和感を覚えていた。
　彩度の高い髪も、甘い香水も、優しい手つきも。
　――どれもこれも、私が本当に欲しいものじゃない。
――先生、行平先生。

　遠くで鳴っていた曲がふつりと途切れる。ラストダンスの時間だ。

「……Aちゃん」

　鳴海先生が私の顔を見る。そこにはあの訝しげな色はなくて、いつもの、普段の優しい鳴海先生がいた。
　抱きしめていた身体を離して、地についた片膝はそのままに、私に手を差し出す。

「ラストダンス、よければ踊っていただけますか？」
　
　これで、今しがたのことはすべてなかったことになるのだと。言外の意味を汲み取る。

「……喜んで」

　差し出された手に自分のものを重ねる。
　フォークダンスとは異なる、厳かでゆったりとした曲が遠くで奏でられる。
　頭一つ分どころか二つ重ねても足りないんじゃないかという身長差では、鳴海先生は少し屈んで、反対に私は手を伸ばして。傍から見るとお遊戯にすぎないダンスだ。でも、目を合わせなくて済むので安心した。
　鳴海先生は私になにも尋ねなかったし、私も鳴海先生になにも聞かなかった。

　ダンスが終わり、互いに一礼する。

「……今年の学園祭も、これでおしまいだ」

　静寂の中、鳴海先生が呟いた。