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先輩のお陰でほかてらからの寝落ち臨終とはいかず、無事にお風呂を出ることができた。
 貸してもらったパジャマ用のTシャツはぶかぶかでだぼだぼ。肩が何度かずり落ちた。
 着替えたあとは髪の毛を乾かして、新しく開封した、これまた大きな歯ブラシを使って歯を磨き、毎晩寮で行なっていることと同じことをする。

 どことなく煙草の匂いがするクッションを抱いたままソファでうとうとしていたら、ふわりと身体が持ちあげられた。

「そろそろ寝るか」
「ん……」

 殿先輩もお風呂から上がっていたらしく、シャンプーとボディソープの匂いがした。
 寝室まで連れられて、私の部屋のものよりずっと大きなベッドにおろされる。枕元の時計はまだ十時前を指していた。先輩も私の隣に寝転がって、薄手の布団を肩にかけてくれる。

「……せ……ぱい……は」

 先輩はまだ眠たくないんじゃって思って、そう言おうとしたのに、口がうまく回らない。それをどう捉えたのか、「ちゃんとここにいるから」と言い、肩や背中に手を回して私を抱きしめる。とくとくと心臓の音が直接伝わってきた。

「……あの……ね……」
「んー?」
「だいすき」

 かすかにあたたかな息を洩らす音が聞こえた。髪に手を差し込むようにして撫でられ、ほとんど落ちかけの目蓋を閉じてすり寄る。
 大好きだよって、そう伝える。大好きで、大切で、特別。疑うことなく信じて、かすかな照れを、見ないふりをして。なにも知らない真っさらな赤ん坊が母親を求めるように。なにも挟まずに好意を伝える。それが一番伝わりやすいから。
 大好きだから、大切だから、特別だから――
 だから……うん。

 そういえば、前にも誰かにこんな風に優しくしてもらったことがあった気がする。あれは誰だったっけと考える暇もなく、すこんと意識が飛んだ。


 夢は、きっと見なかったのだと思う。
 そして、それまでの不眠を解消するかのようにこんこんと眠り、起きた時にはもうお昼を回っていた。
 見慣れない天井が見えてぼけっとした頭で目をこする私に、殿先輩はやっと起きたかと苦笑しながら、寝癖のついているであろう頭を手櫛で梳いてくれる。

 一緒に寝て、一緒に……ではないかもしれないが、起きて。それだけでなく、お腹が鳴ると朝昼兼用食としてオムライスを作ってくれた。こうしていると、まるで本当の“家族”みたいだ、なんて思いが湧く。ちょっと歳の離れた仲のよい兄妹、とか。
 出来すぎな妄想が心をふわふわと浮つかせる。沈みがちだった気分を払うような、幸せな休日だった。

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作者名:きざし | 作成日時:2020年9月23日 23時

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