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「綺麗でしょ? そこの庭。たまに水遣りさせてもらってるんだ」
「うん、すっごく綺麗」
あの庭と要先輩が組み合わさると絵画のような幻想的な風景が生まれそう。退院する前にぐるっと一周してみようかな。
反対側の席から椅子を引く音がして、私も同じように席に座る。要先輩はカップに入ったミルクティーだけを自分の方へと取り、私はトレイをそのまま使う。
「いただきます」
手を合わせてからカトラリーを手に取る。ずっしりと濃厚そうなガトーショコラと、お皿にちょんと盛られた真っ白な生クリーム。
「要先輩、よかったら一口」
「いや……ちょっと食欲がなくて。Aちゃんが全部食べて」
奢ってくれたのだからとガトーショコラにフォークを入れ、一口分に切り分けながら窺ったけど、首を振られた。
痩せているように感じたのはやっぱり気のせいじゃなかったみたい。ちゃんとご飯食べてるのかな。
「ああ、特別体調が悪いわけじゃないよ。季節の変わり目にはよくこうなるんだ」
「……無理してない?」
体調のことを知ったからだろうか、その顔はさっきより青く、そして身体も薄く見える。要先輩は苦笑しながら薄く湯気の立つティーカップを持ちあげた。
「してないよ。……翼にも同じことを言われたよ。無理すんな、って。二人揃って心配性だなぁ」
「――翼先輩、こっちにきたの?」
出てきた名前に思わず食いつく。力が入り、ケーキに立てたフォークの先がカツンと皿に当たった。
「一週間くらい前に一人でふらっときたけど」
本部の病院にはきたんだ……。要先輩がいるからお見舞いに行くのは普通なのかもしれないけど。……それでも、ちょっとくらい特力へ顔を見せてくれたっていいのに。
「翼となにかあった?」
「…………翼先輩がね、特力にきてくれないの」
言ってから頬が少しばかり熱くなる。これだとまるで翼先輩と会えなくて拗ねているみたいだ。切り分けたままになっていたガトーショコラを口に運び、食べる。
口の中に広がる甘いチョコの味に、今年のお正月、翼先輩がチョコ餅を作っていたことを思い出す。数ヶ月前のことなのに、ずっと昔のことを思い返した気分だ。それもこれも、翼先輩が特力にきてくれないせいだ。
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作者名:きざし | 作成日時:2020年9月23日 23時