検索窓
今日:27 hit、昨日:3 hit、合計:31,562 hit

3 ページ5

「綺麗でしょ? そこの庭。たまに水遣りさせてもらってるんだ」
「うん、すっごく綺麗」

 あの庭と要先輩が組み合わさると絵画のような幻想的な風景が生まれそう。退院する前にぐるっと一周してみようかな。

 反対側の席から椅子を引く音がして、私も同じように席に座る。要先輩はカップに入ったミルクティーだけを自分の方へと取り、私はトレイをそのまま使う。

「いただきます」

 手を合わせてからカトラリーを手に取る。ずっしりと濃厚そうなガトーショコラと、お皿にちょんと盛られた真っ白な生クリーム。

「要先輩、よかったら一口」
「いや……ちょっと食欲がなくて。Aちゃんが全部食べて」

 奢ってくれたのだからとガトーショコラにフォークを入れ、一口分に切り分けながら窺ったけど、首を振られた。
 痩せているように感じたのはやっぱり気のせいじゃなかったみたい。ちゃんとご飯食べてるのかな。

「ああ、特別体調が悪いわけじゃないよ。季節の変わり目にはよくこうなるんだ」
「……無理してない?」

 体調のことを知ったからだろうか、その顔はさっきより青く、そして身体も薄く見える。要先輩は苦笑しながら薄く湯気の立つティーカップを持ちあげた。

「してないよ。……翼にも同じことを言われたよ。無理すんな、って。二人揃って心配性だなぁ」
「――翼先輩、こっちにきたの?」

 出てきた名前に思わず食いつく。力が入り、ケーキに立てたフォークの先がカツンと皿に当たった。

「一週間くらい前に一人でふらっときたけど」

 本部の病院にはきたんだ……。要先輩がいるからお見舞いに行くのは普通なのかもしれないけど。……それでも、ちょっとくらい特力へ顔を見せてくれたっていいのに。

「翼となにかあった?」
「…………翼先輩がね、特力にきてくれないの」

 言ってから頬が少しばかり熱くなる。これだとまるで翼先輩と会えなくて拗ねているみたいだ。切り分けたままになっていたガトーショコラを口に運び、食べる。
 口の中に広がる甘いチョコの味に、今年のお正月、翼先輩がチョコ餅を作っていたことを思い出す。数ヶ月前のことなのに、ずっと昔のことを思い返した気分だ。それもこれも、翼先輩が特力にきてくれないせいだ。

4→←2



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (34 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
51人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:きざし | 作成日時:2020年9月23日 23時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。