9-棗 ページ7
あざはどこまでも染み込んでゆき、小さな手は炭のように黒く染まる。離れろ、と彼女の名前を呼びかけて、なんと呼べばいいのかわからず言葉に詰まる。己がクラスメイトである“AA”の名を、棗はただの一度も呼んでいなかったから。
そうしてまごついているうちに、白く眩い光が弾けた。ペルソナが常に身につけている、黒い石がはまった大振りのピアスが砕け散る。男の肌に、どす黒いあざが生まれた。ピアスをつけていた耳を中心に、瞬く間にあざは広がる。
「あ、あああ、あああ……!」
苦しげな悲鳴があがり、ペルソナが身をよじる。男の上から乱雑といっていい動作で彼女が投げ出された。固い音を立てながら身体が落とされる。転がされた手足が床に当たり、一度小さく跳ねたきり、彼女はピクリとも動かない。子供に投げ捨てられた人形のようだった。
己のアリスが己を傷つけることはない。にもかかわらず、ペルソナはひどく苦しんでいた。もはや棗たちに目もくれずに、よろめきながら去って行く。普段、ほとんど感情を見せない八雲が、焦りを見せながらペルソナを追った。黒衣が完全に闇に溶け込み、廊下に漂っていた一定の圧迫感がかき消える。
勝った、とは思わなかった。棗はなにもできなかった。誰よりも、なによりも無力だった。己の力はひたすら他人を傷つけるだけで、肝心な時に使い物にならない。
膝をついた蜜柑が大きく体勢を崩しかけて、今井蛍がふらつきながらも駆け寄る。床に転がる彼女を棗は抱き起した。蜜柑はかろうじて目を開き、ペルソナはどうなったのか問う。逃げ出したと、今井蛍が言えば小さく安堵の息を吐き、すぐに、「Aは」と瞳を揺らす。
棗の腕の中で、彼女は細く、弱い息を何度も繰り返していた。目蓋は閉じたままで持ちあげられる気配はない。「A」蜜柑は泣きそうな声で彼女を呼ぶ。気丈につりあげられていた目が、今は潤んでいる。棗のほうへとにじり寄ろうとして、身体が傾き、倒れ込みそうになる。
流架が手を伸ばして、蜜柑の肩を支えた。妹が不安な顔で棗の袖を握る。
親友と妹。この学園の中で棗が守りたいものなど、ほかにはなにもなかった。二人以外は、己を含めてどうでもいいはずだった。
それなのに、棗は恐れていた。
棗の周りに渾々と渦巻く闇を照らす、とうに諦めきっていた光をもたらす蜜柑を失うことを。
いつのまにか消えた、“彼女”の面影を残す――否、“彼女”本人と思わしき存在を失うことを。
棗は恐れていた。
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きざし(プロフ) - ユイさん» 温かいお言葉ありがとうございます!再熱していただき嬉しい限りです…!これからもゆったりと更新をしていきますので、どうぞのんびりお付き合いいただければと思います。改めてコメントありがとうございました! (2020年6月29日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイ(プロフ) - いつも更新お疲れ様です。この作品を読んで学アリ熱が再熱するくらいに楽しんで読ませてもらっています… 夢主ちゃんの存在、先生たちの関係が気になって気になって仕方ありません!大変だとは思いますが更新楽しみにしております。長文失礼しました。 (2020年6月29日 3時) (レス) id: f59a3694e1 (このIDを非表示/違反報告)
きざし(プロフ) - ユイカさん» コメントありがとうございます!これからもどんどん更新頑張りますので、どうぞゆるりとお待ちくださいませ〜! (2020年6月15日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイカ(プロフ) - 初めて読んでみたんですけどとても面白くて気に入りました!更新楽しみにしてるので頑張ってください! (2020年6月14日 20時) (レス) id: b470749ec2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きざし | 作成日時:2020年5月27日 22時